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<title>わくらばに</title>
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<modified>2010-04-01T04:43:26Z</modified>
<tagline>心に移りゆくよしなし事を書きつくりしブログにわくらばに出会へばあやしうこそものぐるほしとぞ思ふべし</tagline>
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<copyright>Copyright (c) 2010, BlueTrain</copyright>

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<title>中央線快速の女性専用車廃止</title>
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<modified>2010-04-01T04:43:26Z</modified>
<issued>2010-04-01T02:26:13Z</issued>
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<created>2010-04-01T02:26:13Z</created>
<summary type="text/plain">JR東日本が中央線快速電車の女性専用車を廃止するそうです。 関東地方では2005...</summary>
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<dc:subject>のりもの</dc:subject>
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<![CDATA[<p>JR東日本が中央線快速電車の女性専用車を廃止するそうです。<br />
関東地方では2005年5月から主要な通勤路線のほとんどで<br />
女性専用車が導入されました。<br />
痴漢行為の抑制を目的に導入されたこの車両、<br />
関東で最悪との噂も聞く埼京線では導入後は痴漢の件数が減ったようですが、<br />
中央線快速や京王線は逆に痴漢が増えたといいます。<br />
埼京線では2009年暮れに防犯カメラの運用が始まっており、<br />
中央線快速にもこれを設置し、<br />
効果の薄い（むしろ逆効果の）女性専用車は廃止するのだそうです。<br />
車両毎の混雑率が偏るとか、ホームの階段の位置との関係とか、<br />
痴漢抑止の代償が何かと面倒だった女性専用車ですが、そんな問題も解消され、<br />
カメラで痴漢以外の防犯効果も高まり一石二鳥というわけです。</p>]]>
<![CDATA[<p>ところでこの女性専用車、あくまでネット上に流れる噂からの判断ですが、<br />
随分と強引に導入されたようです。<br />
また鉄道会社に説明を求めても歯切れの悪い回答しか得られないか、<br />
あるいは回答自体が無いかといった感じです。<br />
導入当時、静岡県某所を歩いていたら、<br />
女性専用車の導入を高らかに謳った某政党のポスターをたくさん見ました。<br />
その政党が昨年の政権交代で野党になり、<br />
今年に入って女性専用車の一部廃止と来れば、<br />
導入に当たって何か政治的圧力があったのではないかと勘ぐりたくもなります。</p>

<p>フェミニズムの専門家である上野千鶴子さんは女性専用車について<br />
「後ろ向きの解決策」と指摘したそうです。<br />
私は女性専用車の存在意義を全否定まではしませんが、<br />
女性のために導入したのに女性にそこまで言われるこの車両、<br />
そろそろ再検討の時期に入ったようです。</p>

<p>中央線快速の女性専用車廃止<br />
出典は<a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%AA%E3%83%AB%E3%83%95%E3%83%BC%E3%83%AB">こちら</a>。<br />
</p>]]>
</content>
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<title>【番外】富士川渡船への道　後編</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/archives/2009/12/post_111.html" />
<modified>2010-01-05T17:48:57Z</modified>
<issued>2009-12-11T22:02:15Z</issued>
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<created>2009-12-11T22:02:15Z</created>
<summary type="text/plain">上往還と中往還を歩いたので、次は下往還です。 下往還は既に吉原から岩淵へ向かう時...</summary>
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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
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<![CDATA[<p>上往還と中往還を歩いたので、次は下往還です。<br />
下往還は既に吉原から岩淵へ向かう時に歩きましたが、<br />
改めて渡船場へ続く部分を歩いてみます。</p>

<p>下往還即ち県道396号を富士川に向かって歩くと、<br />
富士川橋の80m程手前に左へ入る細い道があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川橋手前の左へ入る道" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8508a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川橋手前の左へ入る道</p>

<p>この道から河川敷へ下りて行くことができます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川橋の下へ続く道" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8506a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川橋の下へ続く道</p>

<p>道は富士川橋の下へ潜り込むように続いています。</p>]]>
<![CDATA[<p style="font-size:x-small">
<img alt="下船居付近から対岸を望む" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8507a.jpg" width="320" height="240"><br>
下船居付近から対岸を望む</p>

<p>富士川橋の下まで来ました。<br />
下往還の渡船場である下船居はこの付近にありました。<br />
県道396号の左側からここへ来ましたが、右側からも道が通じています。<br />
そちらの道を上っていくと水神ノ森、水神社の脇に出ます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="水神社" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8511a.jpg" width="320" height="240"><br>
水神社</p>

<p>渡し船はもう無いので富士川橋で対岸へ渡りましょう。<br />
前にも言いましたが、富士川橋は6連のトラス橋です。<br />
1924年（大正13年）に架けられ、<br />
1988年（昭和63年）に右折レーンを設けるため西側2連が架け替えられました。<br />
古い部分も新しい部分も遠目には同じに見えますが、<br />
近くでよく見ると違いがわかります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川橋の新旧トラス" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8521a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川橋の新旧トラス。奥が大正、手前の太い部材が昭和のトラス。</p>

<p>大正時代のトラスは部材がリベットで組み立てられていますが、<br />
昭和時代のトラスは溶接になっています。<br />
また、トラスの外枠以外の部材を見ると、<br />
大正の方は細い鋼材を組み合わせ、この部材自体もトラス構造になっていますが、<br />
昭和の方は単純な1本の鋼材になっています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川橋の新旧トラス" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8524a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川橋の新旧トラス。左が大正、右が昭和のトラス。</p>

<p>接続部を見ると新しいトラスの方が幅が広くなっているのがわかります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川橋の新旧トラス" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8520a.jpg" width="320" height="240"><br>
新旧トラスの接続部。左が大正、右が昭和のトラス。</p>

<p>富士川橋西詰から上流へ300m、<br />
西岸の渡船場跡から水神ノ森を見るとこんな感じです。<br />
ここは下往還の他、中往還や富士川水運（鰍沢方面）の船着き場でもあります。<br />
（中往還の方向は目印がないのでよくわかりません）</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川西岸の渡船場跡から見た水神ノ森" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8534a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川西岸の渡船場跡から見た水神ノ森</p>

<p>そこからさらに上流へ600m、東名高速をくぐった先に<br />
道の駅富士川楽座の駐車場があります。<br />
この駐車場から富士川の上流方向に見える川原の辺りに<br />
上往還の渡船が来ていたようです。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川楽座駐車場から上流方向を見る" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8547a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川楽座駐車場から上流方向を見る</p>

<p>富士川楽座の前に富士川渡船のレプリカがあります。<br />
水神社の解説板によれば富士川渡船では<br />
定渡船（じょうとせん）、高瀬船、助役船の3種類が使用されたそうです。<br />
ここにあるのは定渡船だそうですが、船の造りから言えば高瀬舟であり、<br />
富士川渡船の3種類の船の違いは不明です。<br />
定渡船は一般の旅行者が乗る普通の船のようです。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川の定渡船" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8549a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川の定渡船</p>

<p>この船は長さ5間4尺（10.3m）、幅5尺2寸（1.58m）、深さ2尺（60.6cm）、<br />
乗客は30人程度、牛馬は4頭を運ぶことができます。<br />
船頭は何と5人掛かりで、しかも片道で交代しました。<br />
船頭多くして船山に上ると言いますが、急流の富士川渡船の船頭は<br />
山に登る程の重労働だったことでしょう。<br />
当番船3艘、附船3艘の6艘が用意され、平日は当番船のみを使い、<br />
需要に合わせて附船も使われました。<br />
急流の富士川では船の傷みも早く、毎年3艘が新造され当番船に使われました。<br />
即ち定渡船の寿命は、フル稼働1年、予備1年の計2年ということになります。<br />
建造費用は全て幕府が負担しました。</p>

<p>江戸時代初期には、渡船の業務は西岸の岩淵村が行っていましたが、<br />
交通量の増加に伴い業務が拡大したため、<br />
寛永10年（1633年）から業務の3分の1を東岸の岩本村が行うようになりました。<br />
この体制での運営は明治4年（1871年）まで続き、<br />
その後は自由営業の渡船が大正13年（1924年）の富士川橋竣工まで続きました。</p>

<p>以上、富士川渡船の名残を追ってみました。<br />
</p>]]>
</content>
</entry>

<entry>
<title>【番外】富士川渡船への道　前編</title>
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<modified>2010-01-05T17:49:38Z</modified>
<issued>2009-12-10T21:13:06Z</issued>
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<created>2009-12-10T21:13:06Z</created>
<summary type="text/plain">東海道の富士川東岸部分は江戸時代中期に上・中・下の各往還に分かれました。 既に現...</summary>
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<name>BlueTrain</name>


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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
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<![CDATA[<p>東海道の富士川東岸部分は江戸時代中期に上・中・下の各往還に分かれました。<br />
既に現在の富士川橋に通じる下往還を通って富士川を渡りましたから、<br />
上往還と中往還も見てみましょう。<br />
旧東海道である県道396号がJR身延線と交差する所に柚木駅があります。<br />
ここから西へ160m進んだところに橋下（はしした）交差点があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="橋下交差点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8426a.jpg" width="320" height="240"><br>
橋下交差点。右の細い道が上往還と中往還。左の広い道が下往還（富士川橋方面）。</p>

<p>ここは旧東海道（県道396号）と南北方向の道が交差し、<br />
さらに細い道が2本出ている六叉路です。<br />
旧東海道を東から歩いてくると右前方へ分岐する細い道があります。<br />
これが上往還と中往還です。<br />
上往還と中往還は富士川の堤防を越えるまで同じ道です。<br />
道幅は広くありませんがこれでも県道です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="上往還・中往還の始まり" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8427a.jpg" width="320" height="240"><br>
上往還・中往還の始まり。静岡県道176号鷹岡柚木線。</p>

<p>この静岡県道176号鷹岡柚木線は、<br />
身延線柚木駅の3つ先、富士根駅へ通じています。</p>]]>
<![CDATA[<p>橋下交差点から420mの所で県道176号は右へ分かれていきますが、<br />
上往還・中往還は直進です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="県道と上往還・中往還の分岐点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8433a.jpg" width="320" height="240"><br>
県道と上往還・中往還の分岐点</p>

<p>分岐点の近くに常夜灯の残骸らしき物がありました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="常夜灯の残骸" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8434a.jpg" width="240" height="320"><br>
常夜灯の残骸</p>

<p>道なりに進むと堤防が見えてきます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="間もなく雁堤" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8436a.jpg" width="320" height="240"><br>
間もなく雁堤</p>

<p>この堤防は雁堤（かりがねづつみ）といいます。<br />
折れ曲がった形が、雁が連なって飛ぶ姿に似ているためこの名があります。<br />
江戸時代初期に50余年の歳月をかけて築造され、今も現役です。<br />
富士川橋東詰の水神ノ森から上流へ、<br />
直線距離で2km余りの範囲に造られています。</p>

<p>上往還・中往還は上り坂で堤防を越えます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="雁堤への坂" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8438a.jpg" width="320" height="240"><br>
雁堤への坂</p>

<p>坂の始まりに道祖神がありました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="雁堤の手前にある道祖神" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8439a.jpg" width="320" height="240"><br>
雁堤の手前にある道祖神</p>

<p>雁堤の上は道路になっています。<br />
上往還・中往還はこの道を横切って堤防を越えます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="雁堤の上の道路" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8442a.jpg" width="320" height="240"><br>
雁堤の上の道路。奥に見える赤い線は東名高速道路。</p>

<p>雁堤を越えました。この先は農地が広がっています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="雁堤を越えた所" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8489a.jpg" width="320" height="240"><br>
雁堤を越えた所</p>

<p>そして、事前に入手した上往還・中往還の地図と周囲の地形から判断すると、<br />
どうやら堤防を越えてすぐのここが上往還と中往還の分岐点のようです。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="上往還と中往還の分岐点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8488a.jpg" width="320" height="240"><br>
上往還と中往還の分岐点</p>

<p>分岐点から上往還の続く方向を眺めてみました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="上往還" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8487a.jpg" width="320" height="240"><br>
上往還</p>

<p>上往還は前方に見えている東名高速道路の方へ、ほぼまっすぐ続いていました。<br />
この道は畑の中を通り抜けていて、歩いていいものかどうかよくわからないので、<br />
別の道を通ってこの道の先へ行ってみました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="上往還の終点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8485a.jpg" width="320" height="240"><br>
上往還の終点</p>

<p>上往還をちゃんと歩くと170m程でやや車の通りの多い道にぶつかります。<br />
そこから先は農地で、道はなくなっています。<br />
（農地へ入って行く道はありますが上往還ではないようです）<br />
残念ですが上往還はここで終わりです。</p>

<p>では分岐点に戻って、今度は中往還を歩きましょう。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="中往還" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8443a.jpg" width="320" height="240"><br>
中往還</p>

<p>みかん畑や茶畑の中を抜けて行きます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="中往還" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8445a.jpg" width="320" height="240"><br>
中往還</p>

<p>分岐点から250mで、またあの車の多い通りにぶつかります。<br />
そして、中往還もここで終わりです。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="中往還の終点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8447a.jpg" width="320" height="240"><br>
中往還の終点</p>

<p>やはり農地の中へ道は続いています。<br />
しかし、作物の盗難が多いため、この先は農作業者以外立入禁止だそうです。<br />
地図を見ると、現在農地の中を通っている道は、<br />
かつての中往還とは合致しないようです。<br />
中往還はこの写真で見ている方向へまっすぐ続き、<br />
その先に富士川西岸の渡船場がありました。</p>

<p>振り返ったら富士山が見えました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="中往還の終点から見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8446a.jpg" width="320" height="240"><br>
中往還の終点から見た富士山</p>

<p>次は下往還の渡船場、下船居の方へ行ってみましょう。<br />
</p>]]>
</content>
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<title>【番外】岩淵の新旧一里塚　後編</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/archives/2009/12/post_109.html" />
<modified>2010-01-05T17:51:29Z</modified>
<issued>2009-12-03T21:14:37Z</issued>
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<created>2009-12-03T21:14:37Z</created>
<summary type="text/plain">郵便局の手前の見落としやすい交差点から続きを歩きましょう。 ここからまた暫く道な...</summary>
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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/">
<![CDATA[<p>郵便局の手前の見落としやすい交差点から続きを歩きましょう。<br />
ここからまた暫く道なりに進みます。<br />
道は途中から上り坂になり、400m程行くと東名高速道路が見えてきます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="坂の上に東名高速道路" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5977a.jpg" width="320" height="240"><br>
坂の上に東名高速道路</p>

<p>東名高速をくぐる手前で振り返ったらまた富士山が見えました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="東名高速の手前から見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5979a.jpg" width="320" height="240"><br>
東名高速の手前から見た富士山</p>

<p>東名高速をくぐると正面に「野田山不動明王」と刻まれた大きな石碑があります。<br />
道はここで左右に分かれます。旧東海道は左です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="野田山不動明王の石碑" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5981a.jpg" width="240" height="320"><br>
野田山不動明王の石碑。旧東海道はここを左。</p>]]>
<![CDATA[<p>ここを過ぎると道は下り坂になります。<br />
まっすぐな下り坂の先に小池橋という小さな橋があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="下り坂から小池橋へ" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5983a.jpg" width="320" height="240"><br>
下り坂から小池橋へ</p>

<p>その先は暫く一本道です。集落の中を抜けて行きます。<br />
小池橋から500m程で道が二手に分かれます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="新幹線手前の分岐点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5989a.jpg" width="320" height="240"><br>
新幹線手前の分岐点</p>

<p>標識には左が蒲原、右が行き止まりと書いてありますが、ここは右へ行きます。<br />
右が行き止まりなのは自動車で、歩行者は通れます。<br />
100m進むと新幹線の線路にぶつかります。<br />
下の方に穴が開いていますが、ここが通路です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="新幹線をくぐる通路の入り口" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8596a.jpg" width="240" height="320"><br>
新幹線をくぐる通路の入り口</p>

<p>とても狭い通路です。十返舎一九や歌川広重が見たら何て言うでしょうかね。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="新幹線をくぐる通路" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8598a.jpg" width="240" height="320"><br>
新幹線をくぐる通路</p>

<p>この通路の出口から140m先で、先程分岐した道と合流します。<br />
また集落の中を抜けて行きます。道はいつの間にか上り坂です。<br />
集落の中に明治天皇が休息した事を示す石碑がありました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="明治天皇御駐輦之跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5998a.jpg" width="240" height="320"><br>
明治天皇御駐輦之跡</p>

<p>「明治天皇御駐輦之跡」と刻まれています。<br />
駐輦（ちゅうれん）とは聞き慣れない言葉ですが、<br />
天皇が行幸の途中で一時乗り物を止める事だそうです。<br />
ここは何もない場所のように思えますが、<br />
峠の手前ですから昔は茶屋があったのかもしれません。</p>

<p>合流点から400m余りで坂の頂上が見えてきます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="間もなく静岡市" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8605a.jpg" width="320" height="240"><br>
間もなく静岡市</p>

<p>この坂の向こうは静岡市清水区です。富士市内の歩行距離は18.2kmでした。<br />
道の左下には東名高速が通っています。<br />
蒲原はもうすぐです。<br />
</p>]]>
</content>
</entry>

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<title>【番外】岩淵の新旧一里塚　前編</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/archives/2009/12/post_108.html" />
<modified>2010-01-05T17:51:46Z</modified>
<issued>2009-12-02T20:47:24Z</issued>
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<summary type="text/plain">県道396号は富士川橋で富士川を渡り、旧富士川町の地域に入りました。 橋を渡ると...</summary>
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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
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<![CDATA[<p>県道396号は富士川橋で富士川を渡り、旧富士川町の地域に入りました。<br />
橋を渡ると突き当たりの橋西交差点です。<br />
県道396号はここを左折して蒲原へ向かいます。<br />
右折するとここから始まる県道10号です。<br />
静岡県道・山梨県道10号富士川身延線はここが起点で、<br />
富士川沿いに北上し、山梨県南巨摩郡身延町まで続いています。<br />
その先は山梨県道9号、4号、3号につながり、最終的には甲府まで続く道です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川橋西詰め" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8525a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川橋西詰め。奥が県道396号蒲原方面。手前が県道10号身延方面。（後日撮影）</p>

<p>慶長6年（1601年）に始まった五街道整備の際には<br />
ここに日本橋から37里（145.3km）の一里塚が設けられました。<br />
富士川東岸の旧東海道が上・中・下の各往還に分かれており、<br />
それぞれ異なる渡船場に通じていた事は富士川を渡る前に話しましたが、<br />
慶長7年（1602年）に幕府の命により富士川の定渡船が始まった頃は<br />
専ら上往還が使われていたといいます。<br />
このルートはここより約1km上流、現在の東名高速道路付近で富士川を渡り、<br />
富士川西岸を川沿いに通っていました。<br />
37里の一里塚も上往還経由の距離を元に設置されていました。</p>

<p>天和2年（1682年）には下往還が開通し、<br />
先に開通していた中往還と合わせて3つのルートが完成しました。<br />
下往還は上往還に比べて距離が470間（約855m）短くなっており、<br />
正徳元年（1711年）の朝鮮通信士来朝の際に<br />
一里塚が下往還経由の距離を元にした位置にに移転されました。<br />
なお、一里塚移転前の宝永5年（1708年）には<br />
水害のため東海道が高台に付け替えられ、<br />
富士川西岸部分もルートが変わっています。</p>

<p>かつて富士川橋の袂には<br />
一里塚に植えられていたとされる大きなケヤキの木がありました。<br />
2009年6月発行の富士市の広報によると数年前まで残っていたようです。</p>

<p>富士川の西岸からは富士山がよく見えます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川西岸から見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5938a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川西岸から見た富士山</p>]]>
<![CDATA[<p>富士川橋から川沿いに上流方向へ300m程の所に渡船上り場常夜灯と<br />
角倉了以（すみのくらりょうい）翁の紀功碑があります。<br />
ここが中往還と下往還の、富士川西岸の渡船場跡です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="渡船上り場常夜灯と角倉了以翁の紀功碑" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8537a.jpg" width="320" height="240"><br>
渡船上り場常夜灯と角倉了以翁の紀功碑。対岸は水神ノ森。</p>

<p>角倉了以は京都の豪商で、慶長12年（1607年）、19年（1614年）の二度、<br />
幕府の命を受けて富士川の開削を行い、<br />
ここ岩淵と甲州鰍沢を結ぶ水運経路を整備しました。<br />
東海道と連携し甲州と江戸を結ぶ重要な交通として機能した富士川の水運は、<br />
東京と山梨県が鉄道で結ばれた明治後期まで続きました。</p>

<p>さて、ここで県道10号を渡って高台へ続く坂道に入るのですが、<br />
事前の調査では、資料によって<br />
渡船上り場のほぼ向かいにある坂を上るルートと、<br />
ここから150m下流寄りにある階段を上るルートの2種類がありました。<br />
どちらが正しいのか決め手になる資料が見つからなかったので、<br />
今回は秋葉山常夜灯がある図のようなルートを選びました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="渡船上り場からのルート" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/iwabuchi.gif" width="320" height="240"><br>
渡船上り場からのルート</p>

<p>なお、事前に参照した資料には<br />
今回歩いたようなルートを東海道とするものはありません。<br />
あくまで私が勝手に決めたルートです。</p>

<p>この辺りは狭い道を挟んで住宅が密集しています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="岩淵の集落" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8566a.jpg" width="320" height="240"><br>
岩淵の集落</p>

<p>しばらく行くと一旦視界が開け、県道から上ってくる坂道と合流します。<br />
この上ってくる道は静岡県道188号岩淵富士川停車場線です。<br />
県道と合流した旧東海道はここを右へ曲がり、さらに坂を上ります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="岩淵の坂道" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5948a.jpg" width="240" height="320"><br>
岩淵の坂道</p>

<p>結構急な坂です。旧東海道は上り切った突き当たりを左です。<br />
そこから150m程行くと道がクランク状に曲がっています。<br />
ここが間の宿岩淵の入り口です。<br />
幕府が岩淵に宿駅と同様の街並みを整備するよう命じたのは<br />
五街道の整備開始から5年後の慶長14年（1609年）でした。<br />
富士川橋の袂にあった一里塚跡の所でも少し話しましたが、<br />
岩淵は正保年間（1644年～1647年）からたびたび水害に見舞われており、<br />
宝永4年（1707年）12月から翌年閏正月までの3箇月間で<br />
東海道の付け替えと合わせて川縁からこの高台に移転しています。<br />
実は移転直前には大地震や富士山の噴火による降灰もあり、<br />
まさに踏んだり蹴ったりでした。</p>

<p>クランクから70m程進むと、右手に黒い板塀に囲まれた家があります。<br />
ここが小休本陣常盤家です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="小休本陣常盤家の門" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5952a.jpg" width="320" height="240"><br>
小休本陣常盤家の門</p>

<p>宿場（宿泊可能）にある大名などの宿泊施設である本陣に対し、<br />
間の宿や立場（宿泊不可）にある同様の施設を小休本陣と呼ぶそうです。<br />
常盤家は代々富士川の渡船名主を務めた家です。<br />
いつ頃から小休本陣を始めたかは不明ですが、<br />
寛永年間（1624～1643）には業務を行った記録があるようです。<br />
現在残っている建物は安政3年（1856年）の大地震以降に建てられたものです。</p>

<p>小休本陣常盤家は土・日・祝日のみ一般公開されています。<br />
吉原から蒲原まで歩いた日は平日で見学できなかったため後日再訪しました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="小休本陣常盤家の室内" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8573a.jpg" width="320" height="240"><br>
小休本陣常盤家の室内（後日撮影）</p>

<p>この写真の奥の座敷が、大名などの賓客が休んだ「上段の間」です。<br />
手前の部屋より一段高くなっています。</p>

<p>では、東海道に戻って蒲原を目指しましょう。<br />
常盤家の前で振り返ったら富士山が見えました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="常盤家の前から見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5953a.jpg" width="320" height="240"><br>
常盤家の前から見た富士山</p>

<p>常盤家の前から500m程行くと、道の両側に大きな榎の木が見えてきます。<br />
これが富士川の川縁から移転した岩淵の一里塚です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="岩淵の一里塚" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_8585a.jpg" width="320" height="240"><br>
岩淵の一里塚（後日撮影）</p>

<p>日本橋からの距離は37里（145.3km）です。<br />
1つ前の本市場の一里塚は35里で、<br />
36里は富士川の所なので一里塚がありません。<br />
ただし、本市場の一里塚から岩淵の一里塚までの距離は<br />
実際に測ってみると5km弱のようです。<br />
かつてこの辺りには名物の栗ノ粉餅を売る茶店が並んでいたそうです。<br />
京都に向かって左の塚の木は1967年に虫害のため枯死し、<br />
1970年に2代目が植えられました。</p>

<p>一里塚の所で道は右に曲がります。<br />
見通しの悪いカーブで、結構車が通るので要注意です。<br />
しかもここを過ぎたすぐ先に富士川第一小学校があります。<br />
親御さんは心配でしょうね。</p>

<p>小学校を過ぎた先で道は左に曲がります。<br />
そこから暫くまっすぐなのですが、<br />
次に曲がる交差点が見落としやすいのでこれまた要注意です。<br />
カーブが終わってから300m余り行くと、道の左に秋葉山常夜灯があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="目印の秋葉山常夜灯" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5968a.jpg" width="240" height="320"><br>
目印の秋葉山常夜灯</p>

<p>常夜灯から約80m、最初の交差点を右に曲がります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="常夜灯の先" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5969a.jpg" width="320" height="240"><br>
常夜灯の先から京都方面を見る。道路標識の所が交差点です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="ここを右に曲がる" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5971a.jpg" width="320" height="240"><br>
ここを右に曲がる</p>

<p>交差点付近にはほとんど目印になる物がありません。<br />
90m先の郵便局が交差点から見えるので、それを目印にしてもいいでしょう。<br />
せっかくですから郵便局に寄ります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川郵便局" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5970a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川郵便局</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川郵便局の風景印" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/15_1_fujikawa_a.jpg" width="240" height="300"><br>
富士川郵便局の風景印</p>

<p>富士川郵便局の風景印は<br />
東名高速道路富士川サービスエリア、富士川楽座、富士山です。<br />
富士川楽座は富士川橋西詰めから<br />
県道10号を北へ900m行ったところにある道の駅です。<br />
東名高速上り富士川サービスエリアともつながっています。<br />
今回は年賀はがき（いろどり年賀　もも）を使用しました。</p>

<p>では、東海道に戻りましょう。<br />
</p>]]>
</content>
</entry>

<entry>
<title>【十四】富士が見えればそれで吉原　其の五</title>
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<modified>2010-01-05T17:52:35Z</modified>
<issued>2009-09-09T22:26:04Z</issued>
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<summary type="text/plain">旧東海道は県道396号に右から合流したと思ったら、すぐ左折して離れます。 旧東海...</summary>
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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
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<![CDATA[<p>旧東海道は県道396号に右から合流したと思ったら、すぐ左折して離れます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="旧東海道はここを左折" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5875a.jpg" width="320" height="240"><br>
旧東海道はここを左折</p>

<p>ここから狭い道になります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="県道396号から離れた旧東海道" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5876a.jpg" width="320" height="240"><br>
県道396号から離れた旧東海道</p>

<p>この先に江戸から35里（137.5km）の一里塚跡があるのですが見落としました。</p>

<p>県道から細い道に入って450m、旧東海道は富士本町商店街と交差します。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士本町商店街" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5878a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士本町商店街。画面奥が富士駅方面。<br>画面左が吉原宿方面、右がこれから向かう蒲原方面。</p>

<p>この交差点を左折し、500m程行くと富士駅です。<br />
隣の吉原駅は1889年（明治22年）、<br />
国府津－静岡間の鉄道（現・東海道本線）開通と同時の開業でしたが、<br />
富士駅は20年遅れて1909年（明治42年）に開業しました。<br />
当時この辺りの地名は富士郡加島村で、<br />
地元からは加島駅とするよう求められていたようですが、<br />
開業時から富士駅とされました。<br />
加島村は1929年に町制を施行して富士町になり、<br />
さらに数回の合併を経て現在の富士市の一部になっています。<br />
富士駅も吉原駅同様貨物列車の発着があり、発送品の半分は紙製品です。</p>]]>
<![CDATA[<p>商店街から200m、金正寺の裏の墓地越しに富士山が見えました。<br />
まだまだ富士山は近くに見えます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="金正寺の裏から見る富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5886a.jpg" width="320" height="240"><br>
金正寺の裏から見る富士山</p>

<p>金正寺の墓地の隣はフジホワイトホテルです。<br />
ここは静岡県有数の大地主、松永家の邸宅跡です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="フジホワイトホテル" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5887a.jpg" width="320" height="240"><br>
フジホワイトホテル</p>

<p>江戸時代末期には、周辺六箇村の年貢をとりまとめる業務を<br />
領主に代わってこの松永家が行っていました。<br />
ここは間の宿岩淵と吉原宿の中間に位置し、<br />
明治元年の明治天皇東幸の際には松永邸が小休所として使われました。<br />
当時の建物の一部は富士市立博物館で保存されています。<br />
また、このすぐ先には高札場跡があり、<br />
「札の辻橋」という橋の名に今も名残を留めています。</p>

<p>フジホワイトホテルから800mの所で旧東海道は県道396号に合流します。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="県道396号に合流" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5897a.jpg" width="320" height="240"><br>
県道396号に合流</p>

<p>すぐ先に見えるガードは身延線です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="身延線のガード" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5898a.jpg" width="320" height="240"><br>
身延線のガード</p>

<p>身延線は富士駅から山梨県の甲府駅へ延びるJR東海の路線です。<br />
もともとは富士身延鉄道という私鉄の路線で、<br />
1913年に富士－大宮町（現・富士宮）間が開通。<br />
その後順次延伸され、1928年に甲府までの全線が開通しました。<br />
1938年に鉄道省（後の国鉄）に借り上げられ、<br />
1941年には買収されて鉄道省の路線になりました。</p>

<p>以前は身延線の列車は富士駅から東向きに出発し、<br />
ここよりもっと手前、富士郵便局の近くで県道396号と交差していました。<br />
それが1969年のルート変更で西向きに出発するように変わり、<br />
現在の位置で県道396号と交差するように変わりました。<br />
その理由は、東京方面（即ち東側）から来た創価学会のチャーター列車が<br />
向きを変えずにそのまま身延線に入り富士宮まで行けるようにするためだった、<br />
という説があるそうですが、真偽の程は定かではありません。<br />
身延線は当時から静岡方面（西側）との直通列車が毎日走っていたのですから、<br />
東側から来る臨時列車に合わせて線路を直すのも不自然な気がします。</p>

<p>身延線が県道396号を跨ぐ所には柚木駅があります。<br />
柚木駅の所から北の方を見たら、また富士山が見えました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="柚木駅の所から見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5900a.jpg" width="240" height="320"><br>
柚木駅の所から見た富士山</p>

<p>柚木駅から150m、橋下（はしした）交差点で県道176号が右へ分岐します。<br />
さらに150m先の交差点で細い道が右へ分岐します。<br />
この細い道が旧東海道です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="旧東海道分岐点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5904a.jpg" width="320" height="240"><br>
旧東海道分岐点</p>

<p>ここに常夜灯と道標があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="常夜灯と道標" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5906a.jpg" width="320" height="240"><br>
常夜灯と道標</p>

<p>沼津宿の手前、清水町に常夜灯があり、<br />
その時「この先しばらく同様の常夜灯が数多く見られる」と言いました。<br />
面倒なのでいちいち話題にしなかったのですが、<br />
覚えているだけでも富士市に入ってこれが4つ目くらいです。<br />
残念なことに火袋の部分が失われており、灯籠の用を為しません。<br />
（もっとも用を為しても実際に使うことがあるかはわかりませんが）<br />
竿の部分には「秋葉山」と刻まれていますが、<br />
富士市内で見た物はだいたいそう書かれているようです。<br />
また、「慶應元年　五月吉日」とも書かれています。<br />
慶應元年と言えば明治維新の3年前です。<br />
既に徒歩による旅行も末期のように感じられますが、<br />
この地に鉄道が来るのは24年後の明治22年（1889年）です。<br />
明治時代の前半はまだまだ近世から近代への移行期ですね。</p>

<p>隣の道標には「左東海道」と刻まれています。<br />
ただし、この道標は道路整備の際に本来の場所からここに移動されており、<br />
実際は右の道が旧東海道です。<br />
（元はどこにあったのでしょう）</p>

<p>ここから暫くは特に何もない道です。<br />
県道から離れて車の通りも少なく、のんびりした気分で歩けます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="県道から離れてのどかな道" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5916a.jpg" width="320" height="240"><br>
県道から離れてのどかな道</p>

<p>常夜灯と道標があった場所から400m余り、また県道396号に戻ります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="県道396号に戻る" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5917a.jpg" width="320" height="240"><br>
県道396号に戻る</p>

<p>横断歩道に取り付けられた標識に静岡36km、富士川3kmとあります。</p>

<p>県道を450mくらい進むと明治天皇御小休所址の碑があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="明治天皇御小休所址碑" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5927a.jpg" width="240" height="320"><br>
明治天皇御小休所址碑</p>

<p>解説によると、明治天皇は明治11年11月6日、<br />
東海北陸巡幸の際にここで休憩したそうです。<br />
当日に備えて様々な準備が行われ、<br />
「富士川橋梁の架替」も行われたと記されています。<br />
明治に入ると富士川にも仮橋が架けられますが、<br />
富士川は東海道随一の急流であり、雨期には流されてしまい、<br />
従来からの渡船と併用されていました。<br />
長持ちしない仮の橋なら真っ新な橋でお迎えしようということでしょう。</p>

<p>100m先にはもう富士川橋が見えていますが、<br />
明治天皇の石碑のすぐ先に左へ入る細い道があります。<br />
私が持ち歩いているガイドブックの地図では、<br />
この道の先にかつての船着き場があったように描かれています。<br />
河川敷へ下りられそうなのでちょっと行ってみましょう。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川橋" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5925a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川橋</p>

<p>富士川橋が見えます。この写真では東側1連が見えていませんが、<br />
下路曲弦プラットトラス6連の堂々たる鉄橋です。<br />
それまでの仮橋に替わって1924年に架けられました。<br />
西側2連の桁は東側4連に比べ幅が広くなっています。<br />
元は同じ幅だったのですが、この橋を西へ渡った先がすぐ交差点なので、<br />
桁の幅を広くして橋の上に右折レーンを設けたのだそうです。<br />
この幅が広い部分の桁は1988年に架け替えられた物です。<br />
戦後のトラス橋は桁の上部が路面と平行の平行弦トラスが多いのですが、<br />
富士川橋の架け替え部分は大正時代の部分に合わせたのか曲弦トラスです。</p>

<p>さて、ガイドブックの地図を信じるならこの辺りに渡船場があったことになります。</p>

<p>富士川橋の袂、水神ノ森にある神社の解説板によれば、富士川東岸の渡船場は<br />
上船居、中船居、下船居の3箇所を川瀬の状況により使い分けていたそうです。<br />
3つの渡船場は「松岡地内の一番出しから川下二十町の間」にあり、<br />
それぞれの渡船場へは上、中、下の各往還が通じていたといいます。<br />
下船居は水神ノ森付近にあったそうですから、<br />
今歩いて来た道は下往還ということになります。<br />
ガイドブックの地図は一応間違っていないみたいですが、<br />
上往還と中往還については記述がありません。</p>

<p>また「松岡地内の一番出し」がどこなのか不明ですが、20町は約2.2kmです。<br />
後でこの付近の地図を見てみると、富士川橋から上流へ1kmと2kmの辺りへ<br />
旧東海道からそれぞれ道筋が伸びているように見えます。<br />
ただし、これが中往還と上往還なのかは未確認です。</p>

<p>それでは富士川橋を渡りましょう。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川橋東詰" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5931a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士川橋東詰</p>

<p>道の左側にある大きな柱は、1924年の富士川橋竣工時に立てられていた物です。<br />
1988年に西側2連を架け替えた際に低い柱に替えられたようです。<br />
上流側の脇に独立した歩道があるので自動車の通行が多くても安心して渡れます。</p>

<p>富士川橋からも富士山が見えました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士川橋から見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5936a.jpg" width="240" height="320"><br>
富士川橋から見た富士山</p>

<p>富士川の西は以前は庵原郡富士川町でしたが、<br />
2008年11月1日に富士市に編入されました。<br />
もともとは近年まで庵原郡に残っていた蒲原町、由比町との間で<br />
合併交渉が行われていたのですが、<br />
富士地区との繋がりが深い富士川町は富士市への編入を選びました。<br />
余談ですが、山梨県南巨摩郡増穂町と鰍沢町が<br />
2010年3月に合併して富士川町になるそうです。</p>

<p>次の宿場は蒲原ですが、その前に間の宿岩淵を通ります。</p>]]>
</content>
</entry>

<entry>
<title>【十四】富士が見えればそれで吉原　其の四</title>
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<modified>2010-01-05T17:53:06Z</modified>
<issued>2009-09-08T21:23:01Z</issued>
<id>tag:www.bluetrain.jp,2009:/sa/wakurabani//2.115</id>
<created>2009-09-08T21:23:01Z</created>
<summary type="text/plain">前回は吉原商店街を最後まで通り抜けましたが、 今回は商店街終点の600m手前、静...</summary>
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<name>BlueTrain</name>


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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
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<![CDATA[<p>前回は吉原商店街を最後まで通り抜けましたが、<br />
今回は商店街終点の600m手前、静岡銀行の所を左に曲がります。<br />
ここには目印となる木製の柱があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="旧東海道が商店街から出る場所の目印" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5733a.jpg" width="240" height="320"><br>
旧東海道が商店街から出る場所の目印</p>

<p>江戸34里、原宿3里、蒲原宿3里、京都90里と書かれています。<br />
まだまだ先は長いですね。<br />
商店街は広い道でしたが、<br />
旧東海道はここから車道にセンターラインも無い狭い道になります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原商店街を出た旧東海道" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5820a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原商店街を出た旧東海道。県道の標識がある。</p>

<p>実は商店街の途中から歩いて来た県道22号もこの角を曲がります。<br />
狭い道に入っても引き続き旧東海道が県道です。</p>]]>
<![CDATA[<p>140m先、2番目の角の所にお題目碑があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="お題目碑" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5821a.jpg" width="240" height="320"><br>
お題目碑</p>

<p>旧東海道はこの角を右に曲がります。県道22号も右です。<br />
ちょうどお題目碑が目印になっています。<br />
ここを曲がると旧東海道はしばらく道なりなのですが、<br />
ちょっと寄り道をすることにして、最初の信号を左折します。<br />
その先に吉原中央町郵便局があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原中央町郵便局" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5824a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原中央町郵便局</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原中央町郵便局の風景印" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/14_1_yoshiwarachuocho_a.jpg" width="240" height="300"><br>
吉原中央町郵便局の風景印</p>

<p>吉原中央町郵便局の風景印は「左富士の松と田子浦港と東海道新幹線」です。<br />
今回は年賀はがき（無地）を使用しました。</p>

<p>郵便局を出て旧東海道に戻ろうと元来た方向を見たら富士山が見えました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原中央町郵便局の前から見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5823a.jpg" width="240" height="320"><br>
吉原中央町郵便局の前から見た富士山</p>

<p>お題目碑がある角を曲がってから450m、道が緩やかに左に曲がり、<br />
小さな橋を渡る手前のこの場所が吉原宿西木戸跡です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原宿西木戸跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5829a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原宿西木戸跡</p>

<p>小さな橋の名は四軒（しけん）橋、下を流れるのは小潤井川です。<br />
橋を渡るとすぐ旧東海道は国道139号に合流します。<br />
吉原商店街から歩いて来た県道22号はここで終わりです。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="国道139号に合流" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5838a.jpg" width="320" height="240"><br>
国道139号に合流</p>

<p>国道139号はここ富士市から富士山の西を北上した後北側へ回り込み、<br />
山梨県を抜けて東京の西の端、奥多摩町へ至る道です。<br />
そう言えばこの道、左富士の手前でちょっとだけ歩きましたね。</p>

<p>旧東海道は、この国道合流点から約140mが<br />
昭和40年代に行われた区画整理で失われています。<br />
国道139号を進むとすぐに広い道と交差しますが、<br />
その近くに旧東海道跡の碑があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="旧東海道跡の碑" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5845a.jpg" width="320" height="240"><br>
旧東海道跡の碑。大通りの向こうに旧東海道の続きが見えます。</p>

<p>旧東海道の碑の所から見ると、4車線の大通りの向こうに<br />
大通りに対して斜めにぶつかっている道が見えます。<br />
地図で見るとこの角度がちょうど県道22号の延長線と合致し、<br />
旧東海道の続きであることがわかります。</p>

<p>国道139号の所まで戻って大通りを渡り、旧東海道の続きを歩きます。<br />
振り返ったら富士山が見えました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="大通りを渡って旧東海道の続きへ" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5847a.jpg" width="320" height="240"><br>
大通りを渡って旧東海道の続きへ。振り返ると富士山が見えました。</p>

<p>500m余り行くと高島交差点です。ここは東西方向の県道396号と<br />
北西から南東方向の県道353号が交差する所に、<br />
北東から旧東海道が来る五叉路です。<br />
旧東海道はここを右へ行き、少しの間県道396号を進みます。</p>

<p>静岡県道396号富士由比線の起点は<br />
高島交差点の東200m程の所にある青島交差点、<br />
終点はこれから通る由比宿の先、東海道本線由比駅の辺りです。<br />
この道もまた旧国道1号で、この先終点まで飛び飛びに歩くことになります。</p>

<p>県道396号を200mくらい行くと、潤井川を渡る橋が見えてきます。<br />
旧東海道はこの橋を渡らず、右に曲がります。<br />
ここは元吉原の手前、檜交差点にあった物と同じ<br />
「旧東海道順路」の標識がありますが、小さいので見落としそうです。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="潤井川を渡る橋の手前を右へ" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5850a.jpg" width="320" height="240"><br>
潤井川を渡る橋の手前を右へ</p>

<p>続いて2つ先の角を左に曲がります。<br />
ここも同じく「旧東海道順路」の標識があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="2つ目の角を左へ" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5853a.jpg" width="320" height="240"><br>
2つ目の角を左へ</p>

<p>そしてその先の富安橋で潤井川を渡ります。<br />
吉原宿を出た所で渡った小潤井川はこの潤井川の支流です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="前方に富安橋" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5855a.jpg" width="320" height="240"><br>
前方に富安橋</p>

<p>富安橋から約1km程の所に鶴芝の碑があります。<br />
民家の玄関先にあるので、あんまりじろじろ見るのも悪いような気がします。<br />
（そのくせここに写真を載せています）</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="鶴芝の碑" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5862a.jpg" width="240" height="320"><br>
鶴芝の碑</p>

<p>かつてこの付近に本市場という間の宿がありました。<br />
鶴芝の碑は文政3年（1820年）、本市場にあった鶴の茶屋に建てられたものです。<br />
この碑によれば、ここから雪の富士を眺めると<br />
中腹に一羽の鶴が舞っているように見えたといいます。<br />
ちょっと見てみましょうか。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="本市場から見る富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5863a.jpg" width="320" height="240"><br>
本市場から見る富士山</p>

<p>今日は鶴は見えないみたいです。</p>

<p>その先で中央分離帯のある広い道と交差するのですが、<br />
横断歩道がないのでまっすぐ渡れません。<br />
分離帯には「旧東海道跡地」と刻まれた柱があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="迂回してください" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5865a.jpg" width="320" height="240"><br>
迂回してください</p>

<p>迂回して道路を渡ったら、その先でこんな光景に出会いました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="バラと富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5866a.jpg" width="320" height="240"><br>
バラと富士山</p>

<p>吉原郵便局の所でも言いましたが、富士市の花はバラです。</p>

<p>迂回して渡った交差点から160m、旧東海道は県道396号に右から合流しますが、<br />
すぐに左折して県道を離れます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="県道396号に合流してすぐ左折" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5867a.jpg" width="320" height="240"><br>
県道396号に合流するも、すぐに写真中央の信号機の所で左折。</p>

<p>その前にここを一旦通り過ぎ、県道を150mばかり行った所にある<br />
富士郵便局で風景印を押してもらいましょう。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士郵便局" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5870a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士郵便局</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士郵便局の風景印" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/14_2_fuji_a.jpg" width="240" height="300"><br>
富士郵便局の風景印</p>

<p>富士郵便局の風景印は「田子の浦港と富士山の景観」です。<br />
吉原、吉原中央町、富士と似ているようで違う図案が続きます。<br />
今回は年賀はがき（無地インクジェット写真用）を使用しました。</p>

<p>では、150m戻って旧東海道の続きを歩きましょう。</p>]]>
</content>
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<title>【十四】富士が見えればそれで吉原　其の三</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/archives/2009/09/post_105.html" />
<modified>2010-01-05T17:53:51Z</modified>
<issued>2009-09-07T20:19:58Z</issued>
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<created>2009-09-07T20:19:58Z</created>
<summary type="text/plain">吉原宿に入りました。 吉原宿東木戸跡 東木戸跡は標柱のみで何も残っていません。 ...</summary>
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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
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<![CDATA[<p>吉原宿に入りました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原宿東木戸跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5720a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原宿東木戸跡</p>

<p>東木戸跡は標柱のみで何も残っていません。</p>

<p>少し行くと岳南鉄道の踏切があり、その脇に吉原本町駅があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原本町駅" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5722a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原本町駅</p>

<p>岳南鉄道は吉原から岳南江尾までの総延長9.2kmの路線です。<br />
戦前に建設された日産の工場の専用線を延長する形で<br />
まずは1949年に吉原本町駅までが開業。<br />
1953年には岳南江尾駅までの全線が開業しました。<br />
こうした経緯からか、電車は吉原駅を出るとまず東海道本線に沿って西へ進み、<br />
次にジヤトコ（旧日産）の工場を目指して北へ進みます。<br />
そして工場を西へ迂回すると、今度はぐるりと半円を描いて東へ進みます。<br />
その半円の途中にこの吉原本町駅があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="岳南鉄道7000形" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5723a.jpg" width="320" height="240"><br>
旧東海道を横切る岳南鉄道7000形電車。<br>元京王電鉄井の頭線の電車です。</p>

<p>吉原本町駅は吉原駅に次いで2番目に利用者の多い駅です。<br />
日中は駅員がいて窓口で切符を売っています。<br />
入場券を買ったら、最近余り見かけない硬券（厚紙の切符）でした。<br />
この切符の紙も地元産でしょうか。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原本町駅の入場券" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/gakunan_ticket.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原本町駅の入場券</p>

<p>電車は1時間に2本、貨物列車も1日4往復走ります。<br />
ただ、輸送量はどんどん減っているそうです。</p>]]>
<![CDATA[<p>吉原本町駅の先にある吉原商店街は、かつての吉原宿の中心部です。<br />
残念ながらシャッターが閉まっているお店が多いようです。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原商店街" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5728a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原商店街</p>

<p>左の駐車場の隅に明治天皇御小休所の碑があります。<br />
「明治十一年十一月六日　東海道　吉原　高砂館跡」と記されています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="明治天皇御小休所の碑" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5729a.jpg" width="320" height="240"><br>
明治天皇御小休所の碑</p>

<p>歩道の覆いから「吉原宿」と書かれた暖簾が下がっています。<br />
吉原宿の略図が描かれています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原宿の暖簾" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5726a.jpg" width="240" height="320"><br>
吉原宿の暖簾</p>

<p>この50m程先、商店街の途中で、吉原駅の所から歩いてきた県道171号は、<br />
右から入ってくる県道22号に合流して終わります。<br />
静岡県道22号と言えば三嶋大社の前を通る道で、<br />
以前にも箱根西坂を過ぎて三島宿に入る辺りから、<br />
伊豆箱根鉄道の三島広小路駅の所までを歩きました。</p>

<p>吉原商店街には、かつての宿場町の面影はありませんが、<br />
宿場の様々な施設跡を示すレリーフが歩道に埋め込まれています。<br />
上本陣跡は‥‥</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="上本陣跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5812a.jpg" width="320" height="240"><br>
上本陣跡</p>

<p>現在はパチンコ屋です。<br />
下本陣跡は‥‥</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="下本陣跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5799a.jpg" width="320" height="240"><br>
下本陣跡</p>

<p>薬局です。私が訪れた日はシャッターが閉まっていました。<br />
脇本陣跡は4箇所あるのですが‥‥</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="脇本陣跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5815a.jpg" width="320" height="240"><br>
脇本陣跡</p>

<p>カメラ屋とおもちゃ屋と洋服屋と和菓子屋です。<br />
おもちゃ屋と和菓子屋はしっかり営業していました。<br />
問屋場跡は‥‥</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="問屋場跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5808a.jpg" width="320" height="240"><br>
問屋場跡</p>

<p>眼鏡屋です。こちらも営業中です。<br />
そして旅籠跡は‥‥</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="旅籠" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5818a.jpg" width="320" height="240"><br>
旅籠</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="鯛屋旅館" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5817a.jpg" width="320" height="240"><br>
鯛屋旅館</p>

<p>おっと失礼、こちらは跡ではなく現役でした。</p>

<p>吉原本町駅から約600m、商店街が終わる直前の静岡銀行がある交差点で、<br />
旧東海道は左に曲がります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原商店街出口手前" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5730a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原商店街出口手前。旧東海道はここを左折。</p>

<p>今回はその前に一旦東海道を離れて直進します。<br />
商店街を抜けた所に吉原中央駅があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原中央駅" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5735a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原中央駅</p>

<p>駅と言っても鉄道の駅ではなくバスターミナルです。<br />
でも、軒下に線路を敷けば地方私鉄の始発駅に見えますね。<br />
鉄道が廃止されて駅がバスターミナルに生まれ変わる例もあるようですが、<br />
ここは初めからバスの駅です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原中央駅の出札窓口" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5736a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原中央駅の出札窓口</p>

<p>乗り場は鉄道の駅のように1番線、2番線‥‥と呼ばれ、5番線まであります。<br />
時刻表を見るとかなり多くの行き先がありました。<br />
ただし、富士駅や新富士駅へのバスはそれぞれ1時間に1本くらいです。<br />
富士市はJR在来線（東海道本線と身延線）や岳南鉄道、バスが<br />
新幹線とうまく連携しておらず、よそ者にとっては交通の便が悪い印象があります。</p>

<p>吉原中央駅から歩いて10分くらいの所に吉原郵便局があります。<br />
今回はここで風景印を押してもらいます。<br />
品川郵便局以来久々に少し街道から離れた場所での押印になりました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原郵便局" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5742a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原郵便局</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原郵便局の風景印" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/14_yoshiwara_a.jpg" width="240" height="300"><br>
吉原郵便局の風景印</p>

<p>吉原郵便局の風景印は<br />
「田子の浦港から見た富士山に東海道新幹線と特産の洋紙」です。<br />
元吉原の方にある鈴川郵便局と同じ図案です。<br />
切手は愛知の自然　ばらです。<br />
富士市の花がバラなのでこの切手を選びました。</p>

<p>沼津から歩いて来たら夕方になってしまいました。<br />
吉原中央駅から吉原駅行きのバスに乗って一旦帰ることにしましょう。</p>]]>
</content>
</entry>

<entry>
<title>【十四】富士が見えればそれで吉原　其の二</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/archives/2009/09/post_104.html" />
<modified>2010-01-05T17:54:18Z</modified>
<issued>2009-09-06T23:38:31Z</issued>
<id>tag:www.bluetrain.jp,2009:/sa/wakurabani//2.113</id>
<created>2009-09-06T23:38:31Z</created>
<summary type="text/plain">吉原駅北口交差点からちょっとだけ旧東海道を離れ、吉原駅を見てみましょう。 吉原駅...</summary>
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<name>BlueTrain</name>


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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
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<![CDATA[<p>吉原駅北口交差点からちょっとだけ旧東海道を離れ、吉原駅を見てみましょう。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原駅" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5681a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原駅</p>

<p>関東と関西を結ぶ鉄道路線は横浜から西へ建設が進められ、<br />
1889年2月1日には静岡に達しました。<br />
この時、静岡県富士郡元吉原村のこの地に鈴川駅が設けられました。<br />
元吉原村は1955年に吉原市に編入され、翌年鈴川駅は吉原駅に改称されました。<br />
所在地の元吉原村が、移転後の吉原宿を起源とする吉原市に編入され、<br />
ここも吉原になったというわけです。<br />
なお、吉原市は1966年に（旧）富士市、鷹岡町と合併して<br />
（現）富士市になりました。</p>

<p>沼津から歩いて来たこの日は晴れているのに富士山だけ見えなかったのですが、<br />
この先の名勝左富士で富士山が見えないのでは話になりません。<br />
後で富士山がよく見える日に歩き直したので、<br />
ここから吉原宿まではその時の写真も交えて紹介します。</p>

<p>吉原駅のホームからも富士山が見えます。<br />
駅には近くの製紙工場で作られた紙を運ぶ貨車が停車中です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原駅のホームから見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5776a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原駅のホームから見た富士山</p>]]>
<![CDATA[<p>旧東海道に戻りましょう。<br />
今まで海岸沿いに西へ進んでいた東海道が、<br />
内陸の吉原宿へ向かうため、ここから北西に進路を変更します。</p>

<p>吉原駅前は静岡県道171号吉原停車場吉原線の起点です。<br />
吉原宿へ向かう道で、吉原駅前を除くほとんどの部分が旧東海道です。<br />
吉原駅北口交差点で旧東海道に入ると、ここから河合橋交差点までの150mは、<br />
元吉原を通り抜けてきた県道170号との重複区間です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="河合橋交差点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5682a.jpg" width="320" height="240"><br>
河合橋交差点。県道170号は左へ。旧東海道は直進。</p>

<p>河合橋の先で道は左右に分かれます。旧東海道は左です。<br />
右の道の方向に富士山が見えます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="河合橋の先から見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5778a.jpg" width="320" height="240"><br>
河合橋の先から見た富士山</p>

<p>左の道に1本だけ松の木があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="1本だけある松の木" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5687a.jpg" width="320" height="240"><br>
1本だけある松の木</p>

<p>道なりに行くと、県道171号は国道139号と合流し、車の通りが多くなります。<br />
その先に国道1号（富士由比バイパス）の高架があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="国道1号（富士由比バイパス）をくぐる" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5690a.jpg" width="320" height="240"><br>
国道1号（富士由比バイパス）をくぐる</p>

<p>ここからは見えませんが、向こう側に新幹線の線路も並んでいます。<br />
県道171号即ち旧東海道はここで国道139号から離れ、国道1号をくぐります。<br />
この先に左富士がありますが、<br />
国道1号をくぐったあたりでは、まだ富士山は右に見えています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="まだ右側に見える富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5779a.jpg" width="320" height="240"><br>
まだ右側に見える富士山</p>

<p>その先で道は緩やかに右へ曲がり、北西だった進行方向がほぼ真北になります。<br />
富士山は正面に来ました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="正面に見える富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5780a.jpg" width="320" height="240"><br>
正面に見える富士山</p>

<p>吉原宿が中吉原にあった頃の東海道はこの付近から西へ行っていたようですが、<br />
分岐点の痕跡は残っていないようです。<br />
このすぐ先に左富士神社があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="左富士神社" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5697a.jpg" width="320" height="240"><br>
左富士神社</p>

<p>ここから進路はさらに右、北北東になります。<br />
そして左富士神社から100m、広い通りとの交差点で左富士が見えます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="吉原の左富士" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5784a.jpg" width="320" height="240"><br>
吉原の左富士</p>

<p>松の木が1本だけあり、この下が小さな公園になっています。<br />
ここに立派な左富士の解説板があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="左富士の解説板" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5785a.jpg" width="320" height="240"><br>
左富士の解説板</p>

<p>公園の先には左富士というバス停もあります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="左富士バス停" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5705a.jpg" width="240" height="320"><br>
左富士バス停</p>

<p>この辺り、道の左側は工場です。<br />
残念な事に、もっともいい位置に富士山が見えそうな場所からは、<br />
工場の建物に遮られてよく見えません。<br />
この工場の脇で道は左に曲がり、左富士は終わってしまいます。</p>

<p>左富士を過ぎた所に富士依田橋郵便局があります。<br />
名勝左富士に一番近い郵便局ですが、残念ながら風景印はありません。</p>

<p>左富士が見えた交差点から500m余り、平家越え橋で和田川を渡ります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="平家越え橋" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5791a.jpg" width="320" height="240"><br>
平家越え橋</p>

<p>この辺りは治承4年（1180年）、富士川の合戦が行われた場所です。<br />
夜間に源氏の軍勢が動いた際、近くの沼にいた水鳥の群れが一斉に飛び立ち、<br />
これを夜襲と勘違いした平氏の軍勢が大慌てで逃げたと伝えられています。<br />
あくまで私の憶測ですが、敗者である平氏のエピソードは<br />
意図的に間抜けっぷりが誇張されて伝えられているのではないかと思います。<br />
きっと源氏の間抜け話は隠されているんですよ。</p>

<p>平家越え橋を過ぎれば、吉原宿の入口、東木戸跡まであと500mくらいです。<br />
途中、富士山がよく見える場所がありました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="平家越え橋と東木戸跡の間で見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5794a.jpg" width="320" height="240"><br>
平家越え橋と東木戸跡の間で見た富士山</p>

<p>ここの道路に面した土地は更地になっているので、<br />
いずれ何らかの施設ができて富士山が見えにくくなるでしょう。<br />
ただし、少し市街地を離れれば富士山がよく見える場所はたくさんあるので、<br />
無理に町中の旧東海道から見る必要もありません。</p>

<p>間もなく吉原宿です。</p>]]>
</content>
</entry>

<entry>
<title>【十四】富士が見えればそれで吉原　其の一</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/archives/2009/09/post_103.html" />
<modified>2010-01-05T17:54:56Z</modified>
<issued>2009-09-06T00:06:45Z</issued>
<id>tag:www.bluetrain.jp,2009:/sa/wakurabani//2.112</id>
<created>2009-09-06T00:06:45Z</created>
<summary type="text/plain">富士市に入りました。 これより富士市 沼津宿を出た辺りから歩いてきた県道163号...</summary>
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<name>BlueTrain</name>


</author>
<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/">
<![CDATA[<p>富士市に入りました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="これより富士市" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5611a.jpg" width="320" height="240"><br>
これより富士市</p>

<p>沼津宿を出た辺りから歩いてきた県道163号は<br />
この先300mの東柏原交差点で県道380号（旧国道1号）に合流して終わります。<br />
そこからさらに700m、東海道本線東田子の浦駅の先辺りに<br />
間の宿柏原がありました。<br />
往時を偲ぶ事ができる物は残っておらず、今は標柱が立つのみです。<br />
そしてその先に立圓寺があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="立圓寺" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5630a.jpg" width="320" height="240"><br>
立圓寺</p>

<p>境内には大型船の錨が置かれています。<br />
これはインドネシア船籍の貨物船「ゲラテック」の錨です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="ゲラテックの錨" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5628a.jpg" width="320" height="240"><br>
ゲラテックの錨</p>

<p>清水港を出港したゲラテックは1979年10月19日、台風20号に遭遇し、<br />
ここ立圓寺の南方にある柏原海岸で座礁しました。<br />
錨の脇にはこの時亡くなった船員2名の名を刻んだ慰霊碑もあります。<br />
そばにある解説によれば、近隣はもちろん<br />
東京、愛知、山梨などからも集まった野次馬の数は休日には5万人にも上り、<br />
売店が十数軒出店する程の勘違いっぷりだったようです。</p>]]>
<![CDATA[<p>立圓寺から350m程行った広沼橋の下を昭和放水路が流れています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="昭和放水路" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5634a.jpg" width="320" height="240"><br>
昭和放水路</p>

<p>原宿の増田平四郎は、愛鷹山の南に広がる湿地帯、浮島沼の干拓を計画しました。<br />
しかし工事の許可はなかなか下りず、代官所へ願い出る事12回、<br />
勘定奉行に籠訴する事6回にしてようやく認められました。<br />
実に発案から着工まで27年。工事は明治維新を跨ぎ、<br />
明治2年（1869年）の春に排水路が完成しました。<br />
全長505m、幅7mの大きな掘り割りを人々はスイホシ（水干し）と呼びましたが、<br />
完成したその年の8月、高波で完全に破壊されました。<br />
しかし、平四郎の干拓計画は後の世の人々に受け継がれ、<br />
スイホシと同じ場所に昭和放水路が建設されました。<br />
広沼橋を渡った所に増田平四郎の像があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="増田平四郎の像" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5637a.jpg" width="320" height="240"><br>
増田平四郎の像</p>

<p>ちなみにこの像の所にある解説板では<br />
スイホシの着工を「1867年（慶応元年）」としています。<br />
新暦の1867年は旧暦の慶応2年11月26日から慶応3年12月6日まで、<br />
旧暦の慶応元年は新暦の1865年1月27日から1866年2月14日までです。<br />
よって「1867年（慶応元年）」と書いてあるのは明らかに間違いなのですが、<br />
ネット上で検索するとこの通りに書いてあるサイトが多いようです。<br />
1867年なのか慶應元年なのか、実際はどちらなのでしょう。</p>

<p>また、ここは日本橋から33里（129.6km）の一里塚があった場所でもあります。<br />
現在塚の痕跡は無く、標柱が立っているだけです。<br />
ちなみに、この標柱では33里を129.69kmとしています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="一里塚の解説" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5635a.jpg" width="320" height="240"><br>
一里塚の解説</p>

<p>尺貫法とメートル法の換算は<br />
1891年公布の度量衡法で1尺＝(10/33)mと定められ、<br />
ここから計算すると1里（12960尺）は3.92727‥‥km、<br />
33里はちょうど129.6kmになります。<br />
1里はkmに換算すると循環小数になるため一般には3.93kmとされますから、<br />
これを単純に33倍して129.69kmと書いたのでしょう。</p>

<p>さて、重箱の隅をつつくのはこのくらいにして先へ進みましょう。<br />
広沼橋からそのまま県道380号を1km進むと檜交差点です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="檜交差点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5641a.jpg" width="320" height="240"><br>
檜交差点</p>

<p>ここは、ここまで歩いてきた県道380号と県道170号との分岐点で、<br />
旧東海道は県道170号の方へ進みます。<br />
静岡県道170号田子浦港大野線は東海道本線吉原駅近くの田子浦港へ続く道で、<br />
田子浦港付近の一部を除く大半が旧東海道に含まれています。<br />
檜交差点では直進する380号から左へ別れる170号が支線のように見えますが、<br />
380号はここから内陸方向へ大きく進路を変えており、<br />
地図で見ても元の道は170号にまっすぐ続いていた事が伺えます。<br />
歩道はこの交差点の外側を左へぐるりと回るように続いており、<br />
「旧東海道順路」と書かれた標識が立てられています。</p>

<p>檜交差点を過ぎると日本製紙富士工場の高い煙突が見えてきます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="日本製紙富士工場の煙突が見える" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5651a.jpg" width="320" height="240"><br>
日本製紙富士工場の煙突が見える</p>

<p>富士市は日本屈指の「製紙の街」です。<br />
富士市商工農林部工業振興課がまとめた<br />
「富士市の工業（平成21年4月）」という資料によれば、<br />
2007年に市内で生産された紙・板紙の総生産量は3,617,417トンで、<br />
全国生産量の11.6%を占めています。<br />
（板紙とはボール紙などの厚紙のことです）<br />
全国生産量に占めるシェアが目立って多いのはトイレットペーパーで、<br />
31.5%が富士市で作られています。<br />
ただし、近年は不況の煽りで業界の再編が進んでいます。<br />
まあ、その辺はどこの業界でも同じですね。</p>

<p>富士市周辺ではかなり古い時代から紙が作られており、<br />
平安時代の延喜式に「駿河より紙を貢ぐ」という記述があるそうです。<br />
製紙には大量の水が必要です。現代の製紙工場では、紙1トンを生産するのに<br />
50トンから500トンもの水を使いますが、<br />
富士市周辺は富士山の伏流水などの水資源に恵まれています。<br />
江戸時代には、この周辺に自生していたミツマタが原料に使われるようになり、<br />
1889年（明治22年）には鉄道が開通して大量輸送が可能になりました。<br />
市街地化が進んでいないため工場用地の確保が比較的容易で、<br />
大量消費地である大都市へもそんなに遠くないという地の利が生かされ、<br />
近代以降も製紙はこの地の重要な産業であり続けました。</p>

<p>製紙工場の煙突が近付いてくると、臭いも近付いてきます。<br />
高い煙突から白い煙がもくもくと吐き出されているのを見ると、<br />
今日富士山が見えないのはこいつらのせいじゃないかと思えてきます。<br />
あの白いのは湯気ですから、きっと雲の生成に加担していることでしょう。</p>

<p>時々あの白いのが有害物質だと思っている人がいますが、違います。<br />
本当に有害な煙があんなにたくさん出ていたら大変ですよ。<br />
（と言っても湯気に混じって少しは出ているみたいですが）</p>

<p>少し行くと「石屋前」というバス停がありました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="石屋前バス停" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5652a.jpg" width="320" height="240"><br>
石屋前バス停</p>

<p>確かに石屋さんの前にあります。<br />
後で調べたら、この辺りの町名である大野新田は<br />
1つ手前の停留所の名前に使われていました。<br />
停留所名がネタ切れだったようです。</p>

<p>さらに進み、今井という地域に入ります。<br />
この辺りから東海道本線吉原駅手前までが初期の吉原宿があった場所で、<br />
元吉原と呼ばれています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="この辺りが元吉原" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5660a.jpg" width="320" height="240"><br>
この辺りが元吉原</p>

<p>吉原宿は徳川家康による五街道整備（1601年）以前からあった宿場ですが、<br />
1639年に津波で大きな被害を受け、内陸部に移転しました。<br />
これが中吉原ですが、ここもまた1680年に津波の被害を受け、<br />
さらに内陸の、今回目指す吉原宿へ再度移転しました。</p>

<p>富士山をモチーフにした柵がありました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士山をモチーフにした柵" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5661a.jpg" width="320" height="240"><br>
富士山をモチーフにした柵</p>

<p>県道170号に入った檜交差点から1.8kmの所で道が二手に分かれます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="右へ行くと踏切" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5665a.jpg" width="320" height="240"><br>
右へ行くと踏切</p>

<p>地図を見ると、元の東海道はここを直進し、<br />
その先で現在の東海道本線を斜めに横切るように続いていたようです。<br />
今は線路に分断されているので、ここを右に行って鈴川踏切を渡ります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="鈴川踏切" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5670a.jpg" width="320" height="240"><br>
鈴川踏切</p>

<p>踏切の所で線路を見たら、日本製紙富士工場の前に貨車が並んでいました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="製紙工場前の貨車編成" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5671a.jpg" width="320" height="240"><br>
製紙工場前の貨車編成</p>

<p>この貨車はワム80000形です。<br />
国鉄時代の1960年から1981年までに、実に26000両以上が製造されました。<br />
箱形車体の側面が総開きの引き戸になっており、<br />
フォークリフトで積み荷をパレットごと積み込めるのが特徴です。<br />
車体が青いものは車輪の軸受けがローラーベアリングに改造されています。<br />
昔は国鉄線のどこでも見られた貨車ですが、近年貨物列車はコンテナが多くなり、<br />
今は紙輸送列車に残る程度です。<br />
吉原駅から出るワム80000形は埼玉県の新座貨物ターミナルまで行きます。</p>

<p>吉原駅の敷地に沿って踏切から道なりに360m進むと吉原駅北口交差点です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="右奥の信号の所が吉原駅北口交差点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5679a.jpg" width="320" height="240"><br>
右奥の信号の所が吉原駅北口交差点</p>

<p>ここを左へ曲がると吉原駅です。旧東海道は直進です。</p>]]>
</content>
</entry>

<entry>
<title>【十三】富士のお山に原の白隠　後編</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/archives/2009/08/post_102.html" />
<modified>2010-01-05T17:56:06Z</modified>
<issued>2009-07-31T21:01:33Z</issued>
<id>tag:www.bluetrain.jp,2009:/sa/wakurabani//2.111</id>
<created>2009-07-31T21:01:33Z</created>
<summary type="text/plain">白隠禅師誕生地のそば、 原交番東交差点の所にある原町歩道橋に上がってみました。 ...</summary>
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<name>BlueTrain</name>


</author>
<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/">
<![CDATA[<p>白隠禅師誕生地のそば、<br />
原交番東交差点の所にある原町歩道橋に上がってみました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="原町歩道橋から愛鷹山を望む" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5583a.jpg" width="320" height="240"><br>
原町歩道橋から愛鷹山を望む</p>

<p>今日は好天に恵まれ、愛鷹山がよく見えます。<br />
雲の向こうには富士山があるはずです。本当にそこ以外は雲一つありません。<br />
これはきっと、今朝素通りした沼津の浅間神社による嫌がらせでしょう。<br />
沼津の手前、三島駅の新幹線ホームからは見えましたからね。</p>]]>
<![CDATA[<p>原宿にも浅間神社があります。原交番のすぐ先です。<br />
江戸時代、浅間神社前には高札場がありました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="原の浅間神社" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5589a.jpg" width="320" height="240"><br>
原の浅間神社</p>

<p>富士山見えないからいいや。（そういう問題か）</p>

<p>浅間神社の斜向かいには問屋場跡がありますが、標柱だけです。<br />
その少し先には本陣跡がありますが、現在は普通の民家です。</p>

<p>浅間神社から約400mの駅入口交差点を左に曲がり、<br />
少し行くと東海道本線の原駅があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="原駅" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5595a.jpg" width="320" height="240"><br>
原駅</p>

<p>なまこ壁を模した和風の駅舎です。まだ松の内なので門松があります。<br />
1889年（明治22年）、横浜から徐々に延びてきた鉄道路線が<br />
この地を通り抜けて静岡に到達しました。<br />
原駅が開業したのはそれから11年が過ぎた1900年（明治33年）です。<br />
この駅があるおかげで現代人は手軽に原宿を訪れることができます。<br />
葬儀で松蔭寺にお参りできなくても、富士山が雲に隠れても、<br />
「また来ればいいや」と思うことができます。<br />
江戸時代は東海道を旅するなど一生に一度という人も多かったでしょう。<br />
駿河まで来て富士山が見えなかったらそれでおしまいです。</p>

<p>さて、東海道に戻りましょう。<br />
駅入口交差点から100m程行くと、高嶋酒造という造り酒屋があります。<br />
この斜向かいあたりに原宿西木戸跡の標柱があるらしいのですが見逃しました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="原宿西木戸跡付近" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5596a.jpg" width="320" height="240"><br>
原宿西木戸跡付近。左の建物が高嶋酒造。</p>

<p>高嶋酒造の建物の脇に回ると、蛇口が2つ付いた流しがあります。<br />
流しのそばに立て札があり、「富士山の霊水」と書かれています。<br />
地下145.5mから自噴する井戸で、富士山の伏流水だそうです。<br />
高嶋酒造のお酒「白隠正宗」にも使われるこの水を自由に汲むことができます。<br />
まあ、どうせ素人にはわからない程度の微妙な違いなのでしょうが‥‥</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="富士山の霊水" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5597a.jpg" width="240" height="320"><br>
高嶋酒造裏の流し。富士山の霊水を汲むことができる。</p>

<p>ごめんなさい。全然違います。空のペットボトルでも持って来ればよかったです。<br />
蛇口の脇に注意事項が書かれた張り紙があるのですが、<br />
あろうことかこの水で洗車をする輩もいるようです。</p>

<p>原宿を出て暫くは一本道、しかもずっとまっすぐです。<br />
150m程行くと、原小前というバス停があります。<br />
そばの路地を入ると沼津市立原小学校の脇に出ます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="原小前バス停" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5599a.jpg" width="240" height="320"><br>
原小前バス停</p>

<p>ロシア語でハラショー（харашо）は「良い」という意味です。<br />
原小学校に用事はありませんが、良い事を求めてそちらの方に行きます。<br />
原小の脇の道に入って最初の角を曲がると、その先に沼津西添郵便局があります。<br />
今回はここで風景印を押してもらいます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津西添郵便局" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5600a.jpg" width="320" height="240"><br>
沼津西添郵便局</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津西添郵便局の風景印" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/13_hara_a.jpg" width="320" height="154"><br>
沼津西添郵便局の風景印</p>

<p>沼津西添郵便局の風景印は「白隠禅師画像、摺鉢の松、富士山」です。<br />
摺鉢の松とは松蔭寺にある樹齢300年の松の木で、<br />
その名の通り摺り鉢が被せられています。<br />
なんでも枝だか幹だかが折れてしまったのを保護するため<br />
白隠禅師が摺り鉢を被せておいたところ、<br />
松脂で鉢がくっついてそのまま成長したのだとか。<br />
白隠が生きた18世紀前半から近年まで<br />
200年以上も風雪に耐えた（この辺り雪はほとんど降らないか）摺り鉢は、<br />
現在は取り外されて保管され、代わりに別の鉢が被せられているそうです。</p>

<p>切手は平成13年国際文通週間の原です。</p>

<p>では、東海道に戻りましょう。<br />
原小前バス停から300m進むと道幅が広くなります。<br />
ここはかつて松並木がありましたが、<br />
松が枯れてしまってその分今は道幅が広くなっているのだそうです。<br />
ここからすこしの間幅の広い道が続きます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="松並木の分道幅が広くなっている" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5601a.jpg" width="320" height="240"><br>
松並木の分道幅が広くなっている</p>

<p>元松並木の始まりから約650mの所に一里塚跡があります。<br />
日本橋から32里（125.7km）です。<br />
現在は上方に向かって左の民家の前に標柱があるのみですが、<br />
道の反対側に道祖神がありました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="一里塚跡の道祖神" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5605a.jpg" width="240" height="320"><br>
一里塚跡の道祖神</p>

<p>一里塚から2kmくらい歩いたでしょうか。桃里という所で右側の視界が開けました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津市桃里から見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5607a.jpg" width="320" height="240"><br>
沼津市桃里から見た富士山。手前の山裾は愛鷹山。</p>

<p>富士山のてっぺんだけ見えます。<br />
「駿河には過ぎたるものが二つあり　富士のお山に原の白隠」<br />
と言いますが、今回は<br />
「駿河にて過ぎたるものが二つあり‥‥」<br />
ですね。</p>

<p>原宿西木戸跡から3.5kmの所に東海道本線の植田踏切があります。<br />
旧東海道はここを渡ります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="植田踏切" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5608a.jpg" width="320" height="240"><br>
植田踏切</p>

<p>恐らく元は真っ直ぐな道だったのでしょうが、<br />
線路を渡るために踏切の所でクランク状に曲がっています。<br />
踏切を過ぎて250mの所で沼津市は終わりです。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津市はここまで" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5612a.jpg" width="320" height="240"><br>
沼津市はここまで</p>

<p>市内の歩行距離は14.2kmでした。<br />
京都までの道のりの4分の1をようやく消化しました。<br />
</p>]]>
</content>
</entry>

<entry>
<title>【十三】富士のお山に原の白隠　前編</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/archives/2009/07/post_101.html" />
<modified>2010-01-05T17:56:30Z</modified>
<issued>2009-07-31T08:59:39Z</issued>
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<summary type="text/plain">沼津市東間門から旧原町です。 原町は1968年に沼津市に編入されました。 そこか...</summary>
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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
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<![CDATA[<p>沼津市東間門から旧原町です。<br />
原町は1968年に沼津市に編入されました。<br />
そこから400m進むと西間門交差点があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="西間門交差点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5536a.jpg" width="320" height="240"><br>
西間門交差点。画面左手前から右奥へ通じる道が旧東海道。<br>中央の道は旧国道1号の千本街道。奥が京都方面。</p>

<p>沼津城の手前まで歩いた県道380号、旧国道1号が、<br />
今歩いている県道163号と斜めに交差して海側に回ります。<br />
ここからの県道380号には千本街道という名前が付いています。<br />
旧東海道は引き続き県道163号です。</p>

<p>西間門交差点から400m、八幡神社の所に傍示杭があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="西の傍示杭" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5542a.jpg" width="320" height="240"><br>
八幡神社にある西の傍示杭</p>

<p>この傍示杭は明治末期頃に折られ<br />
「従是東」と書かれた上半分だけが残っています。<br />
黄瀬川を渡った所に「従是西　沼津領」と書かれた傍示杭がありましたが、<br />
材質や書体等がそれと同じで、同時期に作られた物と考えられています。<br />
失われた下半分には恐らく「沼津領」と刻まれていたのでしょう。</p>]]>
<![CDATA[<p>八幡神社から約350mの所に沼津片浜郵便局があります。<br />
ちょっと寄っていきましょう。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津片浜郵便局" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5549a.jpg" width="320" height="240"><br>
沼津片浜郵便局</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津片浜郵便局の風景印" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/13_1_katahama_a.jpg" width="240" height="300"><br>
沼津片浜郵便局の風景印</p>

<p>沼津片浜郵便局の風景印は「千本松原から望む駿河湾に富士山」です。<br />
この局も含めて近隣の5つの郵便局で同じ図案を使用しています。<br />
今回はかもめ～る（カーボンオフセットはがき）を使用しました。</p>

<p>沼津片浜郵便局から約1.3kmの所に松長一里塚跡碑があります。<br />
民家の塀を少しえぐって設置されています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="松長一里塚跡碑" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5550a.jpg" width="240" height="320"><br>
松長一里塚跡碑</p>

<p>日本橋から31里（121.7km）です。<br />
現在、塚は残っておらず碑が建っているだけです。<br />
石碑の側面に一里塚のイラストがあります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="松長一里塚跡碑のイラスト" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5551a.jpg" width="240" height="320"><br>
松長一里塚跡碑のイラスト</p>

<p>松長一里塚跡から1.7km、原踏切で東海道本線を渡ります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="原踏切" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5560a.jpg" width="320" height="240"><br>
原踏切</p>

<p>ここで右側から来た東海道本線が旧東海道を横切り、海側へ出ます。<br />
踏切から300m弱、右手に神明宮があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="神明宮" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5568a.jpg" width="320" height="240"><br>
神明宮</p>

<p>そしてここが原宿の東木戸、即ち江戸方見附があった場所です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="原宿東木戸跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5566a.jpg" width="320" height="240"><br>
原宿東木戸跡</p>

<p>解説が書かれた小さな柱以外何もありませんが、ここから原宿です。<br />
原宿はもともと現在の県道380号（旧国道1号）付近にあり、<br />
慶長年間（1596～1615年）に起きた高潮の被害により移転したと言われています。<br />
東木戸跡から700m弱の所にこんなバス停がありました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="白隠前バス停" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5570a.jpg" width="240" height="320"><br>
白隠前バス停</p>

<p>ここは白隠ゆかりの松蔭寺の前でした。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="松蔭寺" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5572a.jpg" width="320" height="240"><br>
松蔭寺</p>

<p>白隠慧鶴については沼津の手前、清水町の玉井寺の所で触れましたが、<br />
1685年ここ原宿で生まれ、1700年にこの松蔭寺で出家しました。<br />
1703年から諸国を巡りつつ修行を積み、1716年には原に戻り、<br />
松蔭寺の住職になりました。</p>

<p>さて、500人に1人の名僧とまで言われた白隠ゆかりの松蔭寺ですが、<br />
ちょうどお葬式の準備中なのでお参りは断念しました。<br />
確か戸塚でも同じ事がありましたね。<br />
そこから100m余り進むと白隠禅師誕生地の碑があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="白隠禅師誕生地の碑" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5577a.jpg" width="320" height="240"><br>
白隠禅師誕生地の碑</p>

<p>ここには白隠の母親、妙遵（みょうじゅん）の生家がありました。<br />
妙遵が生まれた頃は味噌屋という旅籠だったそうです。<br />
そばにある解説に<br />
「のち父宗彝（そうい）が分家して沢瀉屋(おもだかや)を名乗った」<br />
とあるので、妙遵と結婚した宗彝がこの旅籠を継ぎ、<br />
その際に屋号を沢瀉屋に変えたということでしょう。<br />
この奥に白隠の産湯に使った水を汲んだという井戸がありますが、<br />
そこまで入れるとは知らなかったので素通りしてしまいました。</p>

<p>ここまでで原宿東木戸から西木戸までの6割程を進んだことになります。<br />
</p>]]>
</content>
</entry>

<entry>
<title>【十二】いにしえの沼津を石で辿る　後編</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/archives/2009/06/post_100.html" />
<modified>2010-01-05T17:57:45Z</modified>
<issued>2009-06-28T20:36:47Z</issued>
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<created>2009-06-28T20:36:47Z</created>
<summary type="text/plain">沼津城本丸跡を迂回する川廓通りは、さんさん通りに突き当たって終わります。 旧東海...</summary>
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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
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<![CDATA[<p>沼津城本丸跡を迂回する川廓通りは、さんさん通りに突き当たって終わります。<br />
旧東海道はここを左折し、さんさん通りに入ります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="川廓通りからさんさん通りへ" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5463a.jpg" width="240" height="320"><br>
川廓通りからさんさん通りへ。左が川廓通り。前方が京都方面。</p>

<p>この辺りは三枚橋城の外堀があった場所です。<br />
三枚橋城は戦国時代に築城され、<br />
江戸時代初期には沼津藩主大久保忠佐が城主でしたが、<br />
慶長18（1613）年の忠佐死去で大久保家は断絶し、<br />
翌年三枚橋城も廃城となりました。<br />
沼津城はその跡地に築城されましたが、三枚橋城よりも小規模でした。<br />
1994年、付近の建築工事の際に外堀の石垣が見つかりました。<br />
発掘された石を使用したモニュメントが歩道上に置かれた他、<br />
さんさん通り沿いの沼津東急ホテル前に石垣が再現されています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="三枚橋城外堀跡のモニュメント" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5479a.jpg" width="320" height="240"><br>
三枚橋城外堀跡のモニュメント</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津東急ホテル前の石垣" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5469a.jpg" width="320" height="240"><br>
沼津東急ホテル前に再現された三枚橋城外堀の石垣</p>]]>
<![CDATA[<p>モニュメントのすぐ先の通横町交差点で旧東海道は右折します。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="通横町交差点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5487a.jpg" width="320" height="240"><br>
通横町交差点。旧東海道は右から来て奥へ。</p>

<p>そして、次の信号がある交差点ですぐ左折します。<br />
通横町交差点から100mも離れていません。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="旧東海道は右手前から左へ" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5493a.jpg" width="320" height="240"><br>
旧東海道は右手前から左へ</p>

<p>ここから250m先、永代橋通りとの交差点までの間に<br />
本陣、脇本陣跡の碑があります。<br />
まずは左折した交差点の近くに高田本陣跡。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="高田本陣跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5494a.jpg" width="320" height="240"><br>
高田本陣跡</p>

<p>初めの路地の所に中村脇本陣跡。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="中村脇本陣跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5496a.jpg" width="320" height="240"><br>
中村脇本陣跡</p>

<p>次の路地の所に沼津本町郵便局があります。<br />
今回はここで風景印を押してもらいます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津本町郵便局" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5499a.jpg" width="240" height="320"><br>
沼津本町郵便局</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津本町郵便局の風景印" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/12_numazu_a.jpg" width="240" height="300"><br>
沼津本町郵便局の風景印</p>

<p>沼津本町郵便局の風景印は市の花はまゆうと千本松原と富士山です。<br />
切手は東京の四季の花・木VI はまゆうです。</p>

<p>この日は三島を午後に出発したため、<br />
5時までにここへ来て風景印をもらうのが精一杯でした。<br />
一旦帰宅し、後日ここから吉原へと出発です。</p>

<p>そして3番目の路地の所に清水本陣跡。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="清水本陣跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5501a.jpg" width="320" height="240"><br>
清水本陣跡</p>

<p>このほか道の反対側に間宮本陣跡があります。<br />
以上、本陣、脇本陣跡は全て石碑が建っているだけです。</p>

<p>江戸時代までは城下町、宿場町として、<br />
また近代以降は保養地として栄えた沼津は、<br />
新陳代謝を繰り返しながら地方都市として発展してきたことでしょう。<br />
傍示石、石垣、石碑と妙に石ばかり見ていると、<br />
それらが沼津の歴史を支えてきたものたちの墓標のように思えます。</p>

<p>清水本陣跡の先の信号で、道は永代橋通りと交差します。<br />
ここが沼津宿の京方見附があった場所ですが、現在は石碑さえありません。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津宿京方見附跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5503a.jpg" width="320" height="240"><br>
沼津宿京方見附跡。旧東海道は右折。</p>

<p>旧東海道は右に曲がり、永代橋通りに入ります。<br />
ちなみに通りの名の由来である永代橋はここを左に曲がった先にあります。</p>

<p>京方見附から100m、浅間町交差点の所に浅間神社があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="浅間神社" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5506a.jpg" width="320" height="240"><br>
浅間神社</p>

<p>ここを通ったのは朝8時過ぎです。<br />
お参りして道中の無事を祈願しようと思ったのですが、<br />
黒服の人たちが集まって何かやっていたのでやめておきました。<br />
敷地の周囲に提灯が並べられていたので、何かお正月の行事があったのでしょう。</p>

<p>この浅間町交差点を左折すると千本浜公園へ続く千本浜道です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="千本浜道" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5512a.jpg" width="320" height="240"><br>
千本浜道</p>

<p>魅力的な道ですが、目的地は遠いので先を急ぎます。旧東海道は直進です。<br />
浅間町交差点から静岡県道163号東柏原沼津線が始まります。<br />
（正確に言うと沼津側が終点）<br />
この道をずっとまっすぐ行くと次の目的地、原です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="静岡県道163号東柏原沼津線" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5516a.jpg" width="320" height="240"><br>
静岡県道163号東柏原沼津線</p>

<p>県道163号に入って300m、蛇松（じゃまつ）緑道との交差点で富士山が‥‥</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="蛇松緑道との交差点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5517a.jpg" width="320" height="240"><br>
蛇松緑道との交差点</p>

<p>‥‥見えません。さっき浅間神社を素通りしたからでしょうか。</p>

<p>蛇松緑道との交差点から約500m、東間門と書かれた歩道橋があります。<br />
ここから先が旧原町のようです。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="東間門と書かれた歩道橋" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5520a.jpg" width="320" height="240"><br>
東間門と書かれた歩道橋。これより旧原町。</p>

<p>原宿の入口までは約4.5kmです。</p>]]>
</content>
</entry>

<entry>
<title>【十二】いにしえの沼津を石で辿る　中編</title>
<link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/archives/2009/06/post_99.html" />
<modified>2010-01-05T17:58:10Z</modified>
<issued>2009-06-27T23:28:31Z</issued>
<id>tag:www.bluetrain.jp,2009:/sa/wakurabani//2.108</id>
<created>2009-06-27T23:28:31Z</created>
<summary type="text/plain">黄瀬川橋で黄瀬川を渡って沼津市に入りました。 黄瀬川橋を渡って振り返る 黄瀬川橋...</summary>
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<name>BlueTrain</name>


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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
<content type="text/html" mode="escaped" xml:lang="ja" xml:base="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/">
<![CDATA[<p>黄瀬川橋で黄瀬川を渡って沼津市に入りました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="黄瀬川橋を渡って振り返る" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5113a.jpg" width="320" height="240"><br>
黄瀬川橋を渡って振り返る</p>

<p>黄瀬川橋から300m程の所に傍示石があります。<br />
「従是西　沼津領」と刻まれ、ここから先が沼津藩の領地である事を示しています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="傍示石" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5114a.jpg" width="240" height="320"><br>
傍示石</p>

<p>江戸時代の初め、沼津には大久保忠佐が支配する沼津藩がありましたが、<br />
慶長18（1613）年に忠佐が死去すると、その後は藩主を継ぐ者が居らず、<br />
幕府領になっていました。<br />
時代が下って安永6（1777）年、<br />
三河国大浜藩主だった水野忠友が沼津に国替えとなり、<br />
以後江戸時代の終わりまでこの地は沼津藩となっていました。<br />
ここ黄瀬川右岸には1778年に傍示杭が立てられましたが、そばにある解説板に、<br />
「傍示杭はその後石製の物に作り替えられ何度か小移転されたが‥‥」<br />
とあります。初めは木製だったのでしょうか。<br />
また、元の位置は現在より数十メートル三島寄りだったようです。</p>]]>
<![CDATA[<p>三島広小路駅から3.3km続いた県道145号は、<br />
傍示石の先の東下石田交差点で静岡県道380号富士清水線に合流します。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="東下石田交差点" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5117a.jpg" width="320" height="240"><br>
東下石田交差点。左が沼津市街方面。</p>

<p>県道380号に入って600m程進むと、駿府へ十五里と書かれた道標がありました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="駿府へ十五里" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5121a.jpg" width="240" height="320"><br>
駿府へ十五里</p>

<p>日本橋からから府中宿まで44里26町ですから、ここまでが29里26町とすると、<br />
清水町の伏見一里塚から26町、約2.8kmということになります。<br />
後で確認したら2.4km、22町くらいだったので、だいたい合っていますね。<br />
このそばにある解説板によると、この近辺と、先程の傍示石付近にも<br />
江戸時代には松並木があったようです。<br />
道標のすぐ先で左方向に細い道が分かれています。<br />
旧東海道はその細い道です。ここで一旦県道380号から離れます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="県道380号から離れる" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5125a.jpg" width="320" height="240"><br>
県道380号から離れる</p>

<p>広重の沼津の絵には川沿いの道が描かれています。<br />
どうやらこの辺りを描いたものらしく、道の左側に狩野川があるはずなのですが、<br />
高い堤防に遮られて見えません。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="この道の先にある狩野川は堤防に遮られて見えない" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5126a.jpg" width="320" height="240"><br>
この道の先にある狩野川は堤防に遮られて見えない</p>

<p>1958年9月26日、台風22号が伊豆半島をかすめ関東地方に上陸しました。<br />
狩野川流域で死者・行方不明者1000名を超える大きな被害が出たため、<br />
この台風は狩野川台風と呼ばれています。<br />
水害のことを考えたら風景についての不満など言っていられません。</p>

<p>県道380号を離れてから約600mの所に沼津一里塚があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津一里塚" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5130a.jpg" width="240" height="320"><br>
沼津一里塚</p>

<p>本来は日本橋から30里（117.8km）ですが、実は少し日本橋寄りにずれています。<br />
正確に30里の位置に設置すると沼津の宿内になってしまうため、<br />
少し手前で、日枝神社旧参道脇のこの場所に設置したと言われているそうです。<br />
どの程度ずれているかはわかりませんが、<br />
ここから沼津宿の入口までは400mくらいです。<br />
上方に向かって右側の塚のみ残っており、榎が植えられていますが、<br />
元の榎は終戦直後に枯死してしまい、新たに植えられました。</p>

<p>一里塚のそばには玉砥石があります。<br />
今から1200～1300年前、玉類を磨く砥石として使われたと考えられています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="玉砥石" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5133a.jpg" width="320" height="240"><br>
玉砥石</p>

<p>狩野川対岸の香貫地区で玉の加工が行われていたとする説があるものの、<br />
今の所決定的な証拠は見つかっていないそうです。</p>

<p>一里塚から200m程で県道380号に戻ります。<br />
この辺りでは「旧国一通り」または単に「旧国一」と呼ばれているようです。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="県道380号に戻る" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5137a.jpg" width="320" height="240"><br>
県道380号に戻る</p>

<p>このすぐ先で沼津宿に入りますが、特に目印はありません。<br />
県道380号に戻って500m、国道414号と交差した先で県道が少し右に曲がります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津市街に入った県道380号" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5142a.jpg" width="320" height="240"><br>
沼津市街に入った県道380号</p>

<p>江戸時代はこの正面に沼津城があり、東海道は左へ迂回していました。<br />
現在その道筋は川廓（かわぐるわ）通りとして残されています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="左の細い道が川廓通り" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5146a.jpg" width="320" height="240"><br>
左の細い道が川廓通り</p>

<p>ちなみに三島広小路駅の所から続いていた県道上の路面電車は、<br />
このまま県道380号を進み、<br />
すぐ先の大手町交差点で右折して沼津駅前へ行っていました。</p>

<p>川廓通りは、昭和30年代まで残っていたとされる<br />
石畳をイメージした舗装になっています。<br />
左側は狩野川ですが、堤防に遮られて見えません。<br />
川廓通りに入って150m程行くと、頭上をあゆみ橋が跨いでいます。<br />
あゆみ橋は中央公園と狩野川対岸を結ぶ人道橋で、<br />
川廓通りからも上がることができます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="あゆみ橋" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5157a.jpg" width="320" height="240"><br>
あゆみ橋</p>

<p>あゆみ橋の袂、今歩いて来た川廓通りから見ると右上に中央公園があります。<br />
ここは沼津城の本丸跡です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="中央公園" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5164a.jpg" width="320" height="240"><br>
中央公園。右奥があゆみ橋。</p>

<p>沼津城は安永6（1777）年、<br />
水野忠友が三河国大浜から国替の際に築城されました。<br />
慶応4（1868）年、水野氏が上総国菊間へ国替になった後、<br />
城の建物は沼津兵学校の施設として使われました。<br />
兵学校は明治5（1872）年に東京へ移転し、後に建物は取り壊されました。<br />
通常城跡といえば石垣ぐらいは残っているものですが、<br />
ここはほぼ何も残っていません。</p>

<p>川廓通りに戻って東海道の続きを歩きましょう。<br />
あゆみ橋から100m程で川廓通りはさんさん通りに突き当たって終わります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="川廓通りの終わり" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5165a.jpg" width="240" height="320"><br>
川廓通りの終わり</p>

<p>旧東海道はここを左ですが、その前にちょっと右の方を見てみます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="沼津城大手門跡" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5458a.jpg" width="320" height="240"><br>
沼津城大手門跡</p>

<p>この辺りが沼津城の大手門跡です。<br />
今は大手町という町名に名残を留めるのみです。<br />
さんさん通りをこのまま右の方へ進むと沼津駅です。<br />
では、東海道に戻りましょう。</p>]]>
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<title>【十二】いにしえの沼津を石で辿る　前編</title>
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<modified>2010-01-05T17:58:38Z</modified>
<issued>2009-06-26T20:53:28Z</issued>
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<dc:subject>東海道スタンプラリー</dc:subject>
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<![CDATA[<p>境川に掛かる境川橋で三島市は終わりです。<br />
境川橋は欄干がなければ見落としそうな小さな橋です。<br />
現在の橋は1929年竣工。結構古いですね。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="境川橋" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5076a.jpg" width="320" height="240"><br>
境川橋</p>

<p>境川橋から右の方を見ると、<br />
建物の間からコンクリート製の大きな樋が見えます。<br />
これが千貫樋（せんがんどい）です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="千貫樋" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5079a.jpg" width="240" height="320"><br>
千貫樋</p>

<p>千貫樋は境川を跨いで農業用水を通すための樋です。<br />
創建は諸説ありますが、15～16世紀頃のようです。<br />
清水町観光協会のサイトによれば、長さ39間（71m）、幅1間（1.8m）、<br />
深さ15寸（45cm）、高さ1丈5尺（4.5m）の木製の樋だったそうです。<br />
1923年の関東大震災で崩落し、<br />
その後鉄筋コンクリートで再建されたものが現存しています。<br />
境川橋にある解説板によれば現在の千貫樋の大きさは<br />
長さ42.7m、幅1.9m、深さ45cm、高さ4.2mですから、<br />
昔より短くなっているようです。</p>

<p>名前の由来はこれまた諸説あるようで、<br />
・架設が巧みなため銭千貫に値する<br />
・この用水が高千貫の田地を潤している<br />
・建設費が銭千貫を費やした<br />
などが伝えられているそうです。</p>

<p>千貫樋は現役の農業用水ですが、<br />
近年は老朽化が進み、今後が危ぶまれているそうです。<br />
この大正時代の樋は早めに見学しておいた方が良さそうです。</p>]]>
<![CDATA[<p>それでは境川を渡って駿河国に入りますが、ここは清水町。<br />
目指す沼津はもう少し先です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="これより清水町" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5080a.jpg" width="240" height="320"><br>
これより清水町</p>

<p>同じ清水でも<br />
2003年まで存在した清水市（現・静岡市清水区の一部）とは無関係です。</p>

<p>160m程行くと、道の右側に石造りの常夜灯があります。<br />
この常夜灯は弘化3（1846）年、ここの筋向かいの交差点に建てられました。<br />
昭和初期から終戦後にかけての耕地整理でよそへ移されていましたが、<br />
2001年に再び旧東海道沿いのこの場所に移築されました。<br />
この先しばらくの間、沿道に同様の常夜灯が数多く見られます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="常夜灯" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5082a.jpg" width="240" height="320"><br>
常夜灯</p>

<p>250m程行くと、三島清水郵便局があります。<br />
せっかく前を通るので風景印を押してもらいましょう。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="三島清水郵便局" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5085a.jpg" width="320" height="240"><br>
三島清水郵便局</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="三島清水郵便局の風景印" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/12_2_shimizu_a.jpg" width="240" height="300"><br>
三島清水郵便局の風景印</p>

<p>三島清水郵便局の風景印は<br />
「富士山に同山を源とする柿田川に自然林と鮎」です。<br />
同じ清水町内にある三島徳倉橋郵便局、長沢郵便局と共通の図案です。<br />
今回はかもめ～る（夏の海）を使用しました。</p>

<p>400m程進むと左右にお寺があり、それぞれに一里塚があります。<br />
京都に向かって左は宝池寺です。<br />
こちら側の一里塚は風雨にさらされ崩れてしまったため、<br />
1985年に修復されました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="宝池寺一里塚" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5086a.jpg" width="240" height="320"><br>
宝池寺一里塚</p>

<p>この宝池寺側には立場もあったそうです。</p>

<p>京都に向かって右側は玉井寺（ぎょくせいじ）です。<br />
こちら側の一里塚は江戸時代以来の物です。<br />
一里塚も年月を経た物は、近年改修された物に比べ風格が感じられます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="玉井寺一里塚" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5089a.jpg" width="320" height="240"><br>
玉井寺一里塚</p>

<p>両方を合わせて伏見一里塚と呼びます。<br />
日本橋から29里（113.9km）です。</p>

<p>この玉井寺には、山号の扁額等、白隠の遺墨がいくつかあります。<br />
白隠は江戸中期の禅僧です。<br />
当時曹洞宗などと比較して衰退していた臨済宗を復興させ、<br />
「駿河には過ぎたるものが二つあり 富士のお山と原の白隠」と謳われました。<br />
この先の原宿に生まれ、出家後は諸国を巡って修行を積んだ後、<br />
再び原に戻っています。</p>

<p>伏見一里塚から200m先の八幡（やはた）交差点で国道1号を横切ります。<br />
国道1号はここから富士市方向が、<br />
沼津市街の北側を迂回する沼津バイパスになります。<br />
また、沼津バイパスができる前の国道1号である県道380号がここから始まります。<br />
実はこの先で旧東海道は県道380号になるのですが、<br />
今は引き続き県道145号で静かな住宅街の中を行きます。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="清水町内の旧東海道" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5100a.jpg" width="320" height="240"><br>
清水町内の旧東海道</p>

<p>八幡交差点から約500m、交差店名の由来であろう八幡神社があります。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="八幡神社" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5101a.jpg" width="320" height="240"><br>
八幡神社</p>

<p>八幡神社の境内に対面石があります。<br />
治承4（1180）年、平家の軍勢が富士川の辺りまで押し寄せて来た時、<br />
源頼朝は鎌倉からこの地に出陣しました。<br />
そして、奥州から駆けつけた弟の義経と対面し、<br />
この石に腰掛けて源氏再興の苦心を語り合い、<br />
懐旧の涙にくれたと伝えられています。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="対面石" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5102a.jpg" width="320" height="240"><br>
対面石</p>

<p style="font-size:small">
<img alt="対面石" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5104a.jpg" width="320" height="240"><br>
風のたよりに、みちのくにいると聞いていた、九郎義経とは、おまえか。</p>

<p style="font-size:small">
<img alt="対面石" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5105a.jpg" width="320" height="240"><br>
はい九郎義経でございます。</p>

<p style="font-size:small">
<img alt="対面石" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5104a.jpg" width="320" height="240"><br>
この頼朝が旗あげと聞いて、遠くよりかけつけてきたのか。</p>

<p style="font-size:small">
<img alt="対面石" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5105a.jpg" width="320" height="240"><br>
伊豆には兄君がおられると聞かされ、長い間、<br>伊豆の空をしたわしく思っておりました。</p>

<p>頼朝が座った石の脇に柿の木が2本あります。<br />
義経との対面の時、頼朝が柿を食べようとしたら渋柿だったため<br />
ねじって傍らに捨てたところ、後に芽を出しました。<br />
それが幹を絡ませねじり合っていたので<br />
いつしか「ねじり柿」と呼ばれるようになったそうです。<br />
まあ、樹齢800年の柿の木が和歌山県にあるそうですから<br />
頼朝の頃の柿の木が植わっていてもおかしくはないでしょう。<br />
しかし、ある地元在住の方のサイトに、<br />
昔は対面石はもう少し北の方にあったのを付近の工事の都合で移動した<br />
という記述があるのを見つけました。<br />
柿の木も移植したのでしょうか。<br />
そもそも源義経は謎の多い人物で、<br />
実は頼朝と対面した場所も特定できていないといいますから、<br />
これ以上追求するのはやめておきましょう。</p>

<p>八幡神社の参道入口から200m、道の左側に少しだけ松並木があります。<br />
長沢の松並木です。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="長沢の松並木" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5109a.jpg" width="320" height="240"><br>
長沢の松並木</p>

<p>松並木から100m余り、黄瀬川橋で黄瀬川を渡ります。<br />
この橋を渡れば沼津市です。清水町内の歩行距離はわずか1.9km。<br />
橋から富士山が見えました。</p>

<p style="font-size:x-small">
<img alt="黄瀬川橋から見た富士山" src="http://www.bluetrain.jp/sa/wakurabani/tokaido/IMG_5112a.jpg" width="320" height="240"><br>
黄瀬川橋から見た富士山</p>]]>
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