金沢駅の能登・北陸運転終了の告知

金沢駅にあった能登・北陸運転終了の告知。
平成22年(2010年)1月撮影。

 JRでは平成6年(1994年)頃から夜行列車の削減が続いていますが、平成22年3月13日のダイヤ改正では上野-金沢間の寝台特急「北陸」が廃止されました。また、同じ区間の急行「能登」も定期運行を終了しました。

 写真は金沢駅に掲示されていた「北陸」と「能登」の運転終了の告知です。

 

寝台特急 北陸

上野に着いた北陸

上野に着いた北陸。平成元年(1989年)10月撮影。

 昭和22年1947年6月29日から、上野-金沢・新潟間の急行列車の運転が始まりました。翌年7月1日から新潟発着が廃止されて上野-金沢間のみとなりました。昭和24年(1949年)には金沢から北陸本線をさらに進み大阪まで804.5kmを走る長距離列車になり、翌昭和25年(1950年)には「北陸」の愛称が付けられました。
 しかし、さすがに東京と大阪を北陸経由で結ぶ需要はほとんど無かったのか、昭和31年(1956年)には上野-福井間、昭和34年(1959年)には上野-金沢間に運転区間が短縮されました。
 その後しばらくは大きな変化無しに運転されていましたが、昭和50年(1975年)3月10日のダイヤ改正から20系客車を使用する特急となり、ブルートレインの仲間入りをしました。さらに昭和53年(1978年)には客車が14系寝台車に変更されました。

 

大宮到着前の車内放送。個室A寝台。平成22年(2010年)3月撮影。

 平成元年(1989年)3月11日のダイヤ改正から、A寝台がそれまでの開放型から1人用個室に変更されました。また同時に1人用個室B寝台「ソロ」も2両連結され、うち1両にはシャワーも設置されました。翌年にはソロが5両に増やされ、12両中6両が個室寝台車になりました。当時は「北斗星」でも個室寝台車は3分の1程度で、この「北陸」が最も個室の多いブルートレインでした。

 
金沢で発車を待つ北陸と能登

金沢で発車を待つ北陸と能登。平成22年(2010年)1月撮影。

 その後、平成11年(1999年)3月16日のダイヤ改正ではそれまでの12両編成から8両編成に減車されたものの、多くのブルートレインが廃止される中でも運転が続けられ、北陸新幹線が金沢に達するまで「北陸」は廃止されないだろうと見られていました。
 しかし、車両の老朽化や利用者の減少のため、同じ区間を走る急行「能登」とともに、平成26年度(2014年度)末に決まった新幹線の開業を待たずに廃止されました。

 

上野を出発する北陸。平成22年(2010年)3月撮影。

 廃止直前のダイヤでは、下り列車が上野発23時3分、金沢着6時26分。上り列車が金沢発22時18分、上野着6時19分でした。同じ区間を走る急行「能登」と比べて、特急なのに下りで27分、上りで11分余計に時間がかかる不思議な列車でした。

 

上野到着後、車庫へ向かう回送列車。平成22年(2010年)1月撮影。

 上野駅は構内で線路が行き止まりになっているため機関車を反対側に付け替えることができません。そのため、尾久車両センターとの間の回送列車は機関車を最後尾にして走ります。

金沢発平成22年(2010年)1月22日上り列車(上の動画)の編成
機関車 1号車 2号車 3号車 4号車 5号車 6号車 7号車 8号車 機関車
EF64 1032 スハネフ14 31 スハネ14 703 オロネ14 702 スハネ14 756 スハネフ14 35 スハネ14 759 オハネ14 82 スハネフ14 29 EF81 150
長岡-上野 B寝台 B寝台
個室
A寝台
個室
B寝台
個室
B寝台 B寝台
個室
B寝台 B寝台 金沢-長岡

乗車時のGPSログがあります。ここを右クリックして保存してください。
使用機材 Holux M-241
ファイル形式 KMZ
衛星捕捉状況の都合上始まりは東金沢-森本間、終わりは上野駅の少し手前です。

 

北斗星の回送列車とすれ違う北陸。平成22年(2010年)3月撮影。

 ダイヤ改正を目前に控えた3月11日、上り「北陸」は4時間遅れで上野に着きました。やはり少し遅れて到着した「北斗星」の回送列車と鶯谷付近ですれ違いました。

 


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